昔話11
花道の勉強は、もちろん深いところまで進んでいた。バスケットではなく、流川に対しての。
「…だいぶ…その…」
ほぐれてきた、と自分では思うけれど、他に評価できる人もいないので、どこまでも主観でいくしかない。
流川がアメリカに行く前に、「結ばれたい」と思うようになった。そういう方法があると、知ったから。
けれど、きっかけが掴めなかった。初めての日は、しっかり記憶しておきたい。
「……バレンタイン…か?」
2月のイベントというと、それしか思い浮かばなかった。
けれど、これは花道の勝手な計画であり、その日流川がそばにいるとは限らなかった。何しろ、隔日の流川の訪問の、ハズレの日だったから。
「……どーやって…誘う…」
この日に来て、と言うことが出来なかった。思えば、お泊まりに関しては、流川任せだったから。
「うがーーーっ!」
花道のそんな思惑は、結局言葉に吐き出されることはなく、バレンタインは通り過ぎてしまった。その日は、流川だけでなく、花道までコート近くでたくさんチョコレートを受け取った。こんなにもチヤホヤされる自分に慣れていなくて、浮かれるよりも戸惑いが強かった。
そして、珍しく花道が女の子と話している間に、流川はあっさりと自宅へ戻ってしまったのだ。
花道は、練習の帰り道、少し腹を立てていた。
自分がこんなにもいろいろ考えて苦労しているのに、流川は何もしていないではないか、と。
「そうだ! アイツが悪い!」
自分の勝手さを心の隅で認めながらも、やはり流川にムカつく部分があるのは本音だった。
これまで、流川は自分のことを受け入れてくれている、と思っていた。照れているから、最中にも何も言わず、手も出してこないのかと。
けれど、嫌がる素振りを見せないだけで、流川の態度はまるで無関心とも取れた。
「……むかんしん…」
突然そんな単語が浮かんできて、花道は思わず足を止めた。
無関心の相手にああいうコトをしている自分は、それはまるでただの自慰ではないのか。
花道は、自分の考えを強く否定することができず、頭の中が真っ白になった。いつの間にか部屋に戻っていて、習慣でビデオをセットしていた。花道の目はプレーを観ていたけれど、脳内は別のことを考えていた。
「…ち、チガウ…」
流川が本当に無関心であったなら、何も許すはずはない。あの行為自体、できるはずもなく、きっと蹴られるか、殴られるか。流川もそれなりに了解しているから、ただ黙っているだけだ。そうに違いない、と花道は力拳を握った。
きっと、結ばれたときこそ、流川に何か変化があるのではないだろうか。イエスにしろノーにしろ。まさか、ノーリアクションということはないはずだ。
花道は、自分の期待でいっぱいになり、このときはそう思い込んでしまった。
それから一週間ほど経ち、花道はついに意を決した。もう日付など、予定を立てるのは止めた。
いつものように、ふとんの上で、流川が横たわっている。ストーブをそばに置くようになってから、全裸になっても流川から苦情はなかった。自分の素肌と触れあわせるのが、花道は気に入っていた。
顔を隠すように俯せになっている流川の腰を、花道はいつもより高く上げた。しっかりと膝を立てている姿から、流川はまだ起きているとわかる。実際には、もうお互いドロドロになっていて、いつ寝てもおかしくない状況だったけれど。
花道は、流川のソコに自身をあてがった。両腕で腰を支え、高さを調節する。こういうことは初めてだけれど、花道の動きに迷いはなかった。
自分の腰にグッと力を入れると、押された流川の背中がしなった。枕の方から「ウッ」という呻き声が聞こえたけれど、流川はそのまま動かなかった。
ゆっくりと腰を進めていくと、ソコの抵抗が強く、花道の強引さがだんだん増していった。意識的なのか無意識なのか、逃げようとする腰を、花道は離さなかった。
どれくらい時間がかかったのかわからないけれど、かなり疲れた頃、花道の分身はすべて流川の中に収まった。きつくて苦しくて、花道は辛く感じた。
そして、受け入れている流川も苦しいのか、呻き声だけでなく、両腕が必死に枕を掴んでいた。体が強張っていることも、花道にはよくわかった。
自分たちは、確かに今、「ひとつ」になれたけれど、想像していたような幸福感は訪れなかった。どちらかというと、苦しいことを終えたい思いが、花道には強かった。
力を無くした流川の分身を、花道はそっと掴んだ。背中がビクリと反応したけれど、分身はそのままだった。けれど、花道のいるあたりがキュッと締まり、驚いた花道は流川の中に射精してしまった。
流川の中から、花道はまたゆっくりと出ていった。
完全に体が離れたあと、流川の膝はそのまま崩れ落ちた。
互いの荒い呼吸が響いているのはいつも通りだけれど、花道はすぐに後片づけをすることが出来なかった。
きっと、怒ったり、照れ笑いしたり、何か流川に反応があるはずだった。
花道は、そう期待していたけれど。
流川は枕を掴んだまま、そして目も開けないまま、花道の方すら向かなかった。
せめて、「痛い」とだけでもと待ったが、部屋の中はシンとしたままだった。
最後にキスをしようと、流川の肩を抱き起こしたが、その首はすでに力が入っていなかった。
花道は、自分が涙を流し始めたことにも、しばらく気が付かなかった。
流川が目覚めたとき、部屋の中には誰もいなかった。
そのことを不思議に思うこともなかったが、ふとんを捲った自分の姿に、さすがに驚いた。
そういえば寒いと思ったけれど。
「…ハダカ?」
流川は何一つ身につけていなかった。
いつもなら、花道が着せ替え人形のごとく服を着せるのに。
そして、立ち上がったとき、流川はもっとギョッとした。腰が痛いのはわかっていたので構えながらゆっくり起きたけれど。
「……桜木…の…?」
花道が自分の中で放ったものが、まだそのままあったのだ。それが、重力に従って、太股を伝ったのだ。
流川は素っ裸のまま、かなりボー然とした。
自分が何にショックを受けているのかと考える前に、とりあえずシャワーだと決めた。
これは、怒っていいことだろうと思う。
実際、流川はかなりイライラしていた。
でも、それは何に対してなのか。
いつもと違うことをしたコトについてか。
それとも、この状態でほったらかしにされたことか。
「…両方……でもない…か…」
自分で自分に自信がないけれど、昨夜のことは、怒っていなかった。痛かったけれど、いつかするのではないかと想像していたから。まさか急にするとは思わなかったけれど。
それにしても、自分はいつの間にそんな覚悟が出来ていたのか。そんな自分に流川は驚いていた。
痛いと言う方が負けの気がして、流川は必死で堪えていた。自分には痛み以外の感覚はなく、これで快感を得る人の体験談は絶対に嘘だ、とさえ思った。
花道は、自分の中でイッた。
ということは、気持ちよかったのだろうか。
それならば、なぜ、自分を放っておくのか。
これまで流川が知っていると思っていた花道とは、少し違う気がした。それから何時間待っても、花道は戻ってこなかった。いつもなら用意されている食事も今日はない。これは帰れという合図なのだろうか。
今日はとてもではないがコートに出られる状態ではなかったので、流川はただじっとしていた。けれど、夕方暗くなる前に、静かに部屋を出た。
何しろ、花道の部屋の鍵が台所に置いてあったから。
以前、鍵がなくて出られなくなったことがあって以来、花道はそれほど間をあけずに家に戻るようになっていた。合い鍵など、見たこともなかったのに。
「…合い鍵…?」
これは、そんなものではない気がした。
鍵を閉めて、おそらく新聞受けからでも返しておけ、という伝言に思えた。
何がどうなっているのか、流川には未だよくわからないけれど。
どうやら、花道は、何かしら怒っているらしい。
自分と顔を合わせたくないということか。
何か、花道に対して、傷つけるようなことをしてしまっただろうか。
流川は、腰の痛みを騙し騙し、ゆっくりと自転車に乗った。家に帰るまで、ずっと花道のことを考えていた。