今話5

   

 忙しいと言った通り、流川はほとんど家にいない。だから花道は、日中一人で行動しなければなかった。もっとも、最初からそのつもりだったので、花道は驚かなかった。ただ、流川と話をする時間もあまりなかった。
 朝バスケットに出かける流川は、お昼に一度戻る。昼食の後、軽く体を休めてから、またバスケットだ。どこで誰とプレーしているのか、それもわからない。とにかく、夕方帰宅してシャワーを浴び、アルバイトに出かけるのだ。予定でいっぱいの規則正しい毎日を送っているらしい。
 花道は、流川の邪魔をしないように行動するつもりでいた。けれど、流川ときちんと話さなければならないことがあるのだ。
「ルカワ……オメーのバイト先って…ドコ?」
 シャワーを浴びて一休みしていた流川に、花道は聞いた。
「……歩いて…20分くらいのトコ…」
 少し早足で歩いての出勤も、流川はトレーニングのつもりでいた。帰りは暗いので、少々急ぎ足になったのが、そのまま癖になったのだ。
「…自転車は?」
「……ない」
 花道は、住所を聞いてもわからないので、流川に付いていった。
「…こっちはこんな感じだったのか…」
 アメリカに来てまだ2日目で、花道の行動範囲はまだ狭い。目指す方向によって雰囲気が違う気がした。
「そういや…アメリカにも寿司屋ってあるンだな…」
「……ある…」
 言葉少なく答える流川に、花道はいろいろと質問した。
「寿司は…うまいのか?」
「………まあまあ…」
「…まかないなんだろ?」
「……だから、ゼイタク言えねー」
 流川が少し俯いたので、もしかして我慢しているのかもしれないとも思えた。
「バイトって…生活費のため…だよな…」
「……それもあるけど、ビザがいるから…」
「…ビザ?」
 こんな短い会話の間に、目的地まで到着してしまった。
「終わンの…何時だ?」
「…9時半」
「……わかった」
 流川はお店の前で、花道の背中を見送った。てっきりお寿司を食べに来たと思ったのに。
「……何しに来たんだ…?」
 一度首を傾げて、流川はすぐに答えらしいものに思い当たった。
 もしかして、迎えに来るつもりなのだろうか。

 そして、流川の予想通り、花道は時間通りにお店の前に立っていた。
「…よう」
 一応働いてきた人間に対してそれだけか、と思ったけれど、自分が養っている相手でもないし、まして送り迎えをしようとしている花道に文句の付けようがなかった。
 花道がゆっくり歩くので、流川も初めてのんびりと家に向かった。誰かがそばにいるだけで、夜道も少し心強く感じた。きっと花道はそういうボディガードとして来ているわけではなく、ただ話したかったのだろうと想像した。
「バイトって…時給なのか?」
「…そう……チップは別で」
「…チップ?」
「……それなりに、もらえる」
 花道にはチップというものを知ってはいるが、まだよくわかっていなかった。アメリカに来てから、チップを出すようなお店に行っていないから。
「毎日バイトしてンの?」
「…日曜以外」
「日曜は休み?」
「…店が休み」
 自分たちのこれは会話になっているのだろうか。花道は一生懸命話しかけているつもりだった。
 流川という男は、尋ねない限り自分から話すタイプではないと、日本で学んだから。
 けれど、アメリカに来て、流川とこれだけ話が出来たのは、これが初めてだった。たくさん聞きたいことはあったけれど、どれからにするか悩んでいる間、しばらく沈黙した。
「…テメーは…観光してるのか?」
「……へっ?」
 流川から尋ねられて、花道は少し動揺した。すぐに嬉しく感じたのに、うまく答えられなかった。
「あ……観光というか…いろいろ聞いたりとか……」
 花道の答えはよくわからないけれど、流川はそれ以上質問しなかった。一番知りたくて、そして同時に知りたくない気がすることを、今夜は放り出すことにした。
 いつまでアメリカにいるのか。
 ここに来てまだ2日だけれど、夏休みがそう長いとは思えなかった。講義がなくても、練習はあるだろうから。
 流川は、自分のペースを乱さないよう、自分に言い聞かせた。
 花道がいようがいまいが、自分は自分なのだと。

 

 それから、花道は流川の送り迎えをするようになった。
 昼間の行動は詳しく聞いていないけれど、流川が帰宅する時間に、花道はいつも部屋にいた。そして、いらないといっても、勝手に食事を用意していた。たぶん、掃除もしているのだろうと流川はため息をついた。有り難いと思う気持ちは本当だったけれど、自分のペースを崩さないでほしいとも思う。けれど、もうすぐ帰るだろう花道にわざわざ言わなくてもいい気がした。
「おいルカワ……オメーン家、洗濯機がないぞ」
 4日目にして、ようやく聞いてきたか、と流川は心の中で笑った。花道の荷物はとても少なくて、毎日手洗いをしてベランダに干していることを知っていた。
「……部屋にはない」
「…ドコにあるんだ?」
「…地下」
 ちょうど花道がやってきた日に、地下のコインランドリーで洗濯していたのだ。だから、次は週末のつもりだったから。花道がどれくらい着替えを持っていて、いつ日本に帰るのかわからないから、説明しなかった。
 もしかしたら、自分は花道にこの生活をあまり知らせたくないのかもしれない。
 そんな風にすら思えた。
 聞かれたら答えるけれど、という程度だ。
 どうせ、短い滞在なのだろうから。
 そんな一過性の台風みたいな花道に、いちいち教えていられない。
 自分はなんて意地悪なんだろうと、流川はため息をついた。
 それくらい、心の余裕がないのだろうか。
「…安いけど…カネがいるから、まとめ洗い」
「……ふーん…」
 結局流川は、花道を無視することができない自分に気が付いた。

 そして、バイト先からの帰り道、もうすぐ家に着くという頃に、流川は花道の予定を聞いた。初めて問われて、花道は戸惑った。
「明日……ヒマか?」
「あ……ああ……別に予定はねーけど…」
 そういえば、明日はバイトのない日曜日だ。もしかしたら、バスケットも休みの日なのだろうか。
「……来るか?」
「……はい?」
「…一緒に…」
「………どこへ?」
「…ボランティア」
「ぼっ……ぼらんてぃあ……?」
 流川がアルバイトだけではなく、ボランティアにまで目覚めたのだろうか。さすがアメリカとも思うけれど、これにはかなり驚いた。
「あ…あの……掃除とか、そういう…?」
「………どあほう…」
 きっと花道にはそういうイメージしかないのだろう。この国では、様々な形のボランティアがあるのに。
「…来れば、わかる」
「……はぁ…」
 花道にはよくわからないままだったけれど、流川と一緒に行動できるのは、正直嬉しかった。

 その夜は、花道は少しワクワクして眠れなかった。
 ベッドの上で、流川は静かな寝息を立てている。
 最初の夜以降、花道は床にシーツを敷いて寝ていた。流川の隣が緊張しすぎるからとか、そういう理由ではない。もちろんそれもあったけれど、毎日クタクタになっている流川に、少しでもしっかり眠ってほしかった。
「ジャマしに来たンじゃねーからよ…」
 小声でボソッと呟いて、花道はギュッと目を閉じた。
 明日こそ、話せるかもしれない。本当のことを。
 花道は心の中で祈りながら、眠りについた。

 

 

ビザ。これってややこしいですな(汗)
今は世界中に留学や就職してる方がおられるので、
細かいところは「あれ?」と思われるかも…

この話の設定はずいぶん昔のつもりでした…
(でも「ペットボトル」って書いちゃったなぁ〜)
あのテロの前で、ビザの更新とか厳しくない頃
という感じかな〜

あのタブセさんもビザの更新でゴタゴタしたことありましたよね…
今では一度アメリカの外に出ないと手続きできないんですよね?

バイトもね、「就労ビザ」を発行してもらうために
してる友人がいたんですよ〜 参考にしてみました。
(詳しくは知らないのだ/笑)
時給は安いけど、チップもらえることを前提に安いのだ、
と教えてくれた友人もいました〜

友人たちの話を勝手にネタにしちゃってごめんなさい…
どこまでもフィクションなので、信じないでくださいませ…

2008.10.11 キリコ
  
SDトップ  NEXT