今話7

   

 流川は、自分が何にショックを受けているのか、わからなかった。
 もうすぐ日本に帰ると思ったから、体育館での練習に連れて行こうと思った。花道の成長を見たいだけではなく、花道とプレーしたかったというのが心の奥の本音だった。たくさんある外のコートでも出来るけれど、きっと2人きりでは無理だろうから。
 部屋に戻ってから、流川が先にシャワーを使った。交替で花道が入っている間に、流川は夕食の準備に取りかかっていた。気持ちは浮ついているのに、ご飯を食べるという習慣が身に付いていて、そんな自分がおかしく思えた。
「桜木…?」
 ベッドで体を休めているとき、つい花道を呼んだ。まだ出てきていないのに。自分が後回しにしたくせに、聞きたいときにはいない花道を少し恨んだ。これは全くの八つ当たりだと自分で思った。
「…退学…どういうことかわかってンのか…どあほう…」
 具体的に想像したのは、今が初めてだった。
 大学から勧誘されて、スポーツ推薦で入学する。一般の入学試験とは全く別だったし、特待生なのだろうと思う。花道に期待しただろうし、推薦した安西監督の立場はどうなるのだろうか。きっと、湘北高校には、二度と声がかからないのだろう。流川には直接関係ないけれど、どこか連帯責任のような気持ちになっていた。
「…なんでオレが…」
 こんな罪悪感を感じなければならないのか。
 それは安西や後輩たちのことだったけれど、花道の今のプレーを通して大学のあり方に疑問を感じたのも確かだった。相性とか、そういう問題だけでは済まないけれど、あの大学は花道を育てることが出来なかったのだと思われたから。
 そこまで想像してから、流川は花道の言葉を聞いた。自分なりに冷静に話を聞くための努力のつもりだった。おおまかな点では正解だったけれど、花道が語る事実に流川は愕然とした。
「何回も言うけど……オレは一人で決めたンじゃなくて…オヤジにも何度も相談したし、他にも…いろいろ話したぞ…」
 ベッドで壁に向かっている流川の背中に、花道はたどたどしく説明した。
 もしも花道が大学の厳しさに付いていけなくてやめたのならば、流川は今晩からでも花道を追い出すつもりだった。たぶんそれはないと思っていたけれど。
「…なんか…新歓コンパとか、試合の後の打ち上げとか、とにかくよく飲みに連れてかれて…寮生は逃げ場がねぇだろ? 寝てるのに、呼び出されるんだ…先輩命令ってよ…」
 あまりの驚きで、流川は花道の方を振り返った。そもそも、自分たちは未成年ではないか。
 勝手に床で正座していた花道は、目線を逸らせながら、話を続けた。
「オレは……飲むのとか平気だけど…飲めないヤツとかいて……練習中吐いちまって…ダメなヤツ呼ばわりで……何度も殴りかけたけど…」
 花道は、こういうこともあると聞いていた。けれど、目を覆いたくなる現状に辟易してしまった。バスケットをしに大学に入ったのに、毎日飲み潰れる同級生が悔しさで泣いていた。
「湘北と違って、大人数だろ? だから、なかなかコートで練習できねぇ…ってオヤジに聞いてたし、それは覚悟してたけどよ…」
「……監督は…コーチは…?」
 何も指導しないのだろうか。そんな学生たちの毎日を。
 花道はあからさまに嫌そうな顔をした。
「………たまに、飲み会に来てたけどよ…」
 それ以上言わなかったけれど、それではそんな現実を知っていて、誰も止めなかったというのだろうか。
「たぶん……それでも一部リーグにいる大学だし…卒業生も企業に入ってるらしいぜ…」
 花道はまるで他人事のように話した。
「オレはよ……そういうのもあったけど…それを変えようとしなかったし…そういうのじゃなくて…」
 入学したばかりの一年生に何が変えられるだろうか。その努力は、一人で出来るものではないだろうと思う。流川は眉を寄せたまま、花道の顔を凝視した。
「……大学でバスケット…と思ったけど、昼間はずっと授業があって……夕方の部活からはそんな調子で、夜は朝まで飲んでるから、結局授業なんか寝ててよ…」
 その繰り返しに、疑問を持った。
 自分は何のためにここにいるのだろうかと。
 保健室では、五月病だろうと言われ、いずれ慣れてくると誰もが言った。けれど、花道にはそれが出来なかった。楽しく自分を貫けた中学高校時代とも違い、いろいろなしがらみから抜け出すことも出来ず、そして現在に馴染むことも出来なかった。もちろん、スポーツ推薦で入った花道を妬むのか、僻むのか、ただ目立っていたのだろうか、積極的ないじめはなくても、疎外感を拭えなかった。
 仲間はずれは平気だったけれど、コートに立てないのが辛かった。
 そして、自分で自覚しきれていない思いが、心の底にあったから。
 コート上にも、コート外にも、流川がいない。
 そのことが、花道のバスケットへの目標を見失わせてしまったのかもしれない。情けないけれど、自分のバスケットと、流川楓は繋がっているらしい。離れてみて、初めて認識した。同じチームではなくても、そばにいたいと強く願うようになった。
「一年って…雑用ばっかなんだな……コートにほとんど出られねぇの」
 花道にとって、それは初めてのことだった。湘北高校では、花道のような初心者も丁寧に指導された。もちろん後片づけなどは一番下っ端の役目だったけれど。
 花道の長い説明で、花道の技術が成長していなかった理由がわかった。そんな毎日なら、居残り練習すら出来なかっただろうと思えたから。
「……それで、やめたのか…?」
「………それだけでもねぇけど……4年も続けられないとは思った」
 湘北高校のバスケ部しか知らなかった花道は、違う雰囲気に戸惑った。おそらく、高校時代に他のバスケ部にいたら味わえたかもしれない、コートに出られない感覚。
 自分がいかに大事に育ててもらったか、花道はようやく身にしみてわかった。
「お…オレはよ……もう日本に帰れねーの…」
 今日校長が騒ぎになっていると言っていた。日本のバスケット界に帰れないという言葉に、流川も頷いた。その将来もわかった上での退学なら、自己責任なのだ。
「……で、アメリカか?」
「………オレ、バスケット止めたくねぇ…」
 花道の必死の声に、流川は少し驚いた。花道は、真剣だった。
 それならば、もう少し準備してから渡米してくればいいのに、と呆れた。こちらで住むことが簡単ではないことも、安西はきっと諭したはずだ。何の計画もなく飛んできたようにしか、流川には見えなかった。
「だから……ルカワ! 頼む!」
 何を頼むかわからないまま、花道は土下座をした。赤い髪を床に擦り付けて、あの花道が自分に頭を下げている。誰に言われたわけでもなく、自らの意思で。
「……桜木?」
「頼む! ここに住まわせてください」
「………なんだと…」
 初めて自分に向けられた丁寧語に驚いたけれど、その内容には目を剥いた。

 

 

えーっと、今でもこんな大学ってあるかしら…
私が大学生だった頃はこんな感じのガッコもありました。
(私の体験談じゃなくて、友人の話だけど…)
飲み続けるために、トイレでわざと吐いて、また飲まされる…
そんな毎日だったそうな…体育会系の部活でですよ!
まあ……はるか昔の話ですケド…(^^)ゞ

2008.10.11 キリコ
  
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