今話10
「なあルカワ? オメー、髪どこで切ってる?」
今は、昼間は2人とも特に決まった用事はなかった。流川の夏のセミナーは終わったし、花道のチーム入りも来週からだった。
「…カミ?」
「…髪の毛…いい加減伸びすぎた…」
花道はアメリカに来る前に短めにしたつもりだったが、リーゼントだった。あれから2ヶ月近く経ち、そろそろ限界だった。
流川に聞こうと思いながら、なかなか聞けないでいたが、流川はいつ見てもこざっぱりしていた。いつの間に出かけていたのだろうか。
「ああ……自分で切ってるから…」
花道のすべての疑問に答えてくれた。
「自分で…?」
「……カネないし…」
日本人の髪質は、あまり好まれないと聞いた。かといって、日本人の美容室はやや割高だという噂も聞いた。簡単な理容院はないものかと思うけれど、探すのも面倒だった。
「…バリカン、貸してやろうか?」
流川はあっさりと言う。けれど、花道には自信がなかった。
「あ……あの…ルカワ…や、やってくンねぇかな…」
「………オレが?」
おかしなことを頼んだかもしれない。けれど、自分で刈る勇気がない。流川はきっと使い慣れていると思ったから。
実は、流川は心の中でワクワクした。あれだけ髪の毛のこだわりのある男が、自分に任せるというのだ。流川は自分がしているように、新聞を敷きつめて、花道を座らせた。
「…で、どーすんだ?」
「……ちょっと…短くしたい…かな…」
「…ボーズ…じゃねぇの?」
「うーん……心機一転……そうすっかな…」
「……行くぞ…」
花道は、まるで理容院でされているかのように、ギュッと目を閉じた。そういえば、初めて坊主頭にしたときも、こんな必死の覚悟がいった。反省のための坊主だったけれど、自分にとって髪型は重要だったから。あのとき、三井や宮城が大笑いしていた。晴子は可愛いと言ってくれた。そんなことを懐かしいと思い出した。
あっという間にバリカンが通り過ぎると、流川の驚きの声が聞こえた。
「…桜木…」
「な、なんだ? なんか失敗しやがったのか?」
「……いや……カミが…黒い…」
「ん? ああ……まあそうだな…」
すっきりした頭を撫でて、花道は鏡に向かって立ち上がった。
元々の髪の色だけが残り、ちょっと違う人のようだった。
後から付いてきた流川が、鏡の中で驚いた顔を見せた。
「…そんな珍しいか?」
「………見たことねー」
日本にいた頃の花道は、もう少しこまめに色を入れていた。洋平に頼んでアメリカに送ってもらった染料をようやく使う気になったのだ。
「やっぱ……赤じゃねぇとな…」
「………そういうもんか?」
流川にはわからないかもしれない。ただ、黒い髪で並んでいると、本当に日本人同士なのだなと訳のわからないことを思った。
「…ルカワ……オメーは? オレがやってやろうか?」
「………いらねー」
「一緒にボーズとか、いいじゃねぇか」
「……ふざけんな…」
これから染めると言ったら、流川は洗面所を離れた。
こんな軽口を叩き合えるようになって、花道は心から楽しいと思った。
新しいチームに所属して、さすがの花道も緊張の連続だった。誰もが早口の英語で話し、指令も怒号も何もかもだ。だいぶ慣れたとはいえ、集中していないと英語は聴き取れない。チームメイトは、自分より大きい連中が多く、威圧感を感じる。それでも、この自分は、背の低いセンターとして選ばれたのだ。実際に試合にどれくらい出られるのか、練習中のアピールが大事だと、流川に教わった。
花道は、髪を切った後、また流川に土下座した。
「頼む…ココに住まわせてください」
また滅多に出てこない丁寧語に、流川は後片づけをしていた手を止めた。
追い出すつもりもなかったので、流川の方が驚いた。
「……出ていかねぇの?」
「あ、あの……カネがねーです」
「……テメーは働きに出るんだろ?」
「いや……でも…」
「……広いトコ、探せば? チームメイトとシェアとかあるんじゃねぇの」
流川のそっけない言い方に、花道は本気で焦りだした。
「お……オレ……ココにいたい…」
赤い髪になった花道を、流川はじっと見ていた。俯いて、ポロリともらした小声が本音なら、どれほど嬉しいだろうか。
「………勝手にすれば…」
「…ホントか? じゃー、条件は一緒でいい?」
「………家賃は7:3…」
「えっ……それって、もしかして、オレが7の方?」
「……あたりまえだろ」
「ちょ、ちょっと待った! 6:4とか…」
実際、花道のお給料はたいしたものではない。弱小チームの中の外国人なのだ。他の選手より少ないと思われた。
「……冗談だ…どあほう…」
「なにっ!」
やっぱり軽口が増えたと思う。
あのとき、思っていることを洗いざらい吐き出させたのが良かったのだろうか。流川は、何か吹っ切れたように見えた。
「よ、よし! オレもガンバらねぇとな!」
そうして、花道は練習があるときは必死だった。日本にいたときのような基礎練習ではなく、本格的な試合形式の連続が多く、その場その場でこう動くべきだという討論を交えていた。これまでのやり方との違いに戸惑いながらも、花道は流川の分まで頑張らねばと意気込んでいた。
けれど、その頑張りが認められなかったり、チームメイトとうまくいかなかったり、流川が以前呟いたように無視というものに落ち込むこともあった。
花道にとって、回復の素は流川の存在で、帰宅後ときどき流川に張り付くようになった。
「……うっとうしい…」
何度もそう言う流川だが、花道を払いのけたりしなかった。
永住権の手続きに時間はかかりそうだけれど、流川はアルバイトの時間をかなり減らした。辞めなかったのは、雇い主にお世話になっているという思いと、完全に援助のみという生活が嫌だったらしいから。
だから、花道が帰宅したとき、週の半分は家にいるようになった。バイトの日は、花道は流川を迎えに行く。それは相変わらずだった。
「…疲れてンだろ…来ンな…」
流川に何度言われようと、花道は花道のためにそうしているので、止めようとしなかった。
食事を作る機会が、流川の方が多くなってしまった。流川のまかないが無くなった分、自分で作るのが当たり前、と流川は言う。けれど、花道が帰宅したとき、ご飯が出来ていることが多い。それは本当に有り難いことだった。だから、試合のない週末などは、出来るだけ花道が作るようにした。
「…セッパンになってねぇ」
それが、花道の反省だった。
食事の後、バスケットのビデオを観る。その時間は流川には格段に増えたはずだ。
そしてその時間、花道は流川の椅子のようにしていることが多かった。流川のベッドで壁を背もたれにして、両足の間に流川を座らせる。そして、流川がビデオを観ながら眠りに落ちるまで、そうしているのだ。
それが、花道のパワーチャージとなっていた。
「よし! 明日も負けねぇぞ!」
わざわざ口に出しながら、花道は自分のふとんに戻っていった。
花道の髪の毛。
確か、映画で坊主にしてるシーンがありましたよね?
やっぱり……花道の赤い髪は「地毛」でしょうか…?
(昔、「地毛派です」というメールをいただいた)
今のところ、「染めてます派」で書いてます。
や。もちろん、どっちもいいなと思っています(^^)