今話11
花道が遠征に出かけるようになった。州内とはいえ、その範囲はかなり広い。3ヶ月のリーグ戦の間、こういうことも日常になってくるだろうと思う。
流川は、花道を見送りながら、やはり悔しいと思う。残念だけれど、今の自分はお呼びではないのだ。
「いいかルカワ? 戸締まりはしっかりしろよ」
「……は?」
「知らねーヤツが来ても、出るんじゃねぇ」
「……何言ってやがる…」
「オレは2晩もいねぇんだ! 一人で大丈夫か?」
「………桜木…ふざけてんのか?」
花道は言い過ぎただろうかと思ったけれど、言わずにはいられなかった。流川を一人にするのが心配というのも本当だったが、初めてアメリカで外泊するのだ。しかも、流川はいない状態で。どちらかというと、自分の不安状態から、ついこんなことを言ってしまったのだと思われた。
「…オレは、テメーが来るまで、ココに一人だった」
「そ……そうか……そうだよな…」
「……テメーの方こそ、気をつけやがれ」
流川が玄関まで見送ってくれて、まさかそう言ってもらえると思わなかった。
「……うん…よし!」
気合いのかけ声をかけて、花道は元気良く出ていった。
流川は久しぶりの一人を堪能しようと思ったけれど、突然部屋が広く感じてしばらく落ち着かなかった。
こういうことに慣れなければいけない。
流川は何度も自分にそう言い聞かせた。
チームに入って1ヶ月経ち、花道も流川もそんな生活に慣れてきていた。
花道がアメリカに来たときは夏だった季節も、すっかり秋らしくなっていた。
「もう10月か…」
最近、朝晩冷え込むことも多ったせいか、流川の寝床が花道のソファベッドに変わってしまった。これには、花道はかなり参った。
ソファベッドは元々大きかったけれど、2人で寝るつもりで手に入れたわけではない。近くにいられると、また以前のようにしてしまいそうだから。ベッドの距離は花道には有り難かったのに。
「…あの…バカが…」
自分の我慢も知らないで、と何度も毒づいた。
流川もアメリカに来てから初めての季節で、どうやら日本にいるときより寒さを感じるらしい。かといって、暖房というほどでもない。それで、近くの花道という暖を取りに来るのだろう。花道も、つらいと思いつつも、追い出せなかった。その日は、体育館の急な工事で、練習が午後からなくなった日だった。
平日の昼間で、流川はいないかもしれない。けれど、花道は大急ぎで帰宅した。もしいたら、一緒にコートに出ようと思ったから。
花道が部屋に戻ったとき、流川は自分のベッドの上で眠っていた。昼食を食べて体を休めているのだろうから、邪魔にならないように花道は静かに行動した。シャワーを浴びて、持参していた弁当を食べ終わっても、流川は起きなかった。
「…本格的に寝ちまったな…」
たぶんいつものようにNBAのビデオを観ていたのだろう。そして、そのまま眠ってしまっているらしい。テレビの方を向いて、静かな寝息を立てていた。
花道はゆっくりとベッドに近づいて、流川の頬に触れた。親指で一撫でしてから、触れるだけのキスをする。こっそりするこのキスももう何度目だろうか。花道は一人で勝手に幸せを感じていた。
実は、その時、流川は起きていた。瞼が重くて目が開けられないし、体も動かないけれど、花道が帰ってきた音や近づいてくる気配ははっきりとわかった。初め、それは夢だろうと思った。何しろ、こんな時間に花道が帰ってくるはずがないのだから。けれど、やけにリアルな感覚のキスが、もう一度降ってきたのだ。
流川は反射的に、花道の肘を掴んだ。
突然ギュッと握られて、花道は焦った。起きていたのか、それとも起きたのか。ただ寝ぼけているだけであってほしいとまで思った。
花道は枕に肘を置いて、流川の顔を見下ろすように覆い被さっていた。その表情は、明らかにさっきまでと違っていた。目を閉じたまま、少し眉を寄せている。戸惑っているのか、困っているのかわからない。けれど、ときどき掴んでいる指に力を込められて、花道は逃げることも出来なかった。
流川の内心の動揺は、どれほどの嵐だっただろうか。
今のはキスだろうか。確か、2回されたはずだ。今自分が掴んでいるのは本当に花道なのだろうか。それとも、ただの夢で、これは枕なのだろうか。
お互いがどう動けばいいのか悩み、かなり長い間そのままでいた。
花道は意を決して、流川の開いている左手を取った。ビクリと驚いたけれど、その手は逃げず、花道が置いた自分の首にそのまま巻き付いた。花道はその様子にホッとして、自分の腕を流川の肩に回した。そのたびに、流川の両方の指に力が込められる。どちらも汗ばんでいて、お互いの緊張が伝わった。跳ねるような心拍が、どちらの音かわからないくらい重なっていた。
花道は、またゆっくりと、触れるだけのキスをした。
ただ触れるだけのじっとしたキスの間に、流川の右手は花道の背中に回された。花道が促したわけではなく、これは流川の意思だった。
花道は、それだけで泣きそうになった。
そのとき、玄関のドアがノックされ、その音に驚いて、互いの体をギュッと抱きしめ合った。
「え…なに…誰か来た?」
花道は小声で呟いたけれど、流川は無言のままだった。
ただ、お互いが肩を抱き合って、ごく至近距離で、互いの視線を合わせることが出来た。
流川は、目を開けて、この状況を確認しても、逃げなかった。じっと花道を見つめて、両腕を花道に巻き付けたままでいた。流川がこんな状態でしっかり花道を見つめ返すのは、これが初めてだった。
「……桜木…?」
静かな声で呼ばれて、花道はもう止まらなくなってしまった。
もう一度キスをしただけで、流川も花道も射精してしまいそうになった。
どれだけこのキスを待っていただろうか。流川はこれが夢ではないことを願いながら、しっかりと花道の背中を掴んだ。
花道も、これまでの一方的なキスではなく、キスし返される気持ちよさにうっとりした。
あまりにも急な展開だったけれど、初めて踏む手順ではなかったためか、2人ともあっという間に果ててしまった。以前のように、互いの下着を汚し、荒い呼吸を聞かせ合う。違うのは、何度も繰り返しキスをしたことだった。汚れたTシャツや下着ごと、花道は流川とシャワーの下にいた。濡れた服を脱がせるのが大変なのに、キスを止めることが出来なかった。
花道は流川をタイルの壁に貼り付けて、以前のように攻め始めた。一度は背中を向けようとした流川を引っ張って、花道はとにかく自分に抱きつかせていた。真正面からアナルに指を入れられて、流川は花道の背中に爪を立てた。しがみつくものが、そこしかなかった。ヌルヌルと何かで滑った指がソコに入るのは久しぶりなのに、流川は嫌がりもしなかったし、より一層強く抱きついた。
キスと同じくらい、どれくらいその指を待っていたか。流川ははしたなく感じて、一生言うまいと心に決めている。
その指は、慣れた手つきで、一番のポイントを攻めてくる。
さっき放ったばかりだけれど、流川は長く保たなかった。
シャワーの下に座り込んだ流川の手を、花道は自分の分身に導いた。荒い呼吸を繰り返している流川は、腕に力を込められないのか、それほど強く握ることもなかった。けれど、花道を包み込み、ゆっくりと上下させた。花道は、流川に初めて触れられたせいか、とても興奮した。
それぞれの体を洗い流し、花道は流川にバスタオルをかけた。こんなことも懐かしいと思ってしまう。大ざっぱに拭いて、そのまま流川をベッドに連れて行った。
以前なら、これくらいでそれなりに満足していたはずだった。
花道は、とにかく冷静になろうと思い、冷蔵庫から麦茶を取り出した。ベッドに寝せられた流川は、壁の方を向いて、自分の体を包み込むように両腕を巻いていた。バスタオルは背中にかろうじて掛かっているだけで、ほとんど裸だった。
そのときの流川の頭の中は、花道の指が入っていたところに集中していて、その感覚が尾を引いていた。どれくらい気持ちのいいことか、説明しようがない。2回も射精して、もう満足と思うのに、体の奥が勝手に疼いていた。じっと目を閉じて、身を捩りながら、小さな声で花道を呼んだ。
その声に、花道はコップを落としそうになった。
頬を上気させて、苦しそうに流川は身を丸くしている。意識的なのか無意識なのか、ひわいな腰つきをしながら自分を呼ばれ、どう見ても誘われているとしか思えなかった。
「…る…ルカワ……お茶…」
落ち着いて話しかけたつもりだったけれど、花道の声は上擦っていた。
流川はぼんやりとした目で見上げて、緩慢な動作で一口飲んだ。
この明るい日差しの中では、お互いの顔がはっきりと見える。潤んだ目線や勃起した下半身から、花道は目が離せなくなった。
花道はそれ以上声をかけずに、再び流川に覆い被さった。まだ少し湿り気の残る素肌を合わせて、花道は耳や鎖骨、乳首を攻めていった。その間、流川はとにかく花道に巻き付いていて、苦しそうに呻いていた。
流川の望みはここではないのかもしれない。花道は下半身を見つめながら考えた。爆発しそうなソレに触れた方がいいのか。それとも。
花道は、もう一度流川のアナルに指を挿入した。
ウッという呻き声の後、流川は一層強く抱きついて、少し逃げるようなそぶりを見せた。
けれど、花道は流川の腰を掴んで離さなかった。
ほどなく、花道の指だけで、流川は射精した。
そのまま、流川は荒い呼吸とともに両腕を投げ出した。もう限界なのだろうと思えた。けれど、花道はまだなのだ。
流川の力のない両足を開き、花道はその真ん中に座った。今このときに、潤滑剤を取りに行く余裕はなかった。さっきまでのボディソープがまだ残っていることを祈った。以前は、ほぐす期間を自分で設けられたけれど、今はそんな考えも浮かばなかった。
グッと押し込むと、だらんとしていた流川の体に力が入った。
花道の押しと同時に、「クッ」という声が聞こえる。けれど、流川は逃げようとはしなかった。
もうこれ以上進めないというところで止まったとき、花道は呼吸を整えた。やはり、痛い気がする。あまりのきつさに身動き出来なかった。
見下ろすと、流川は目を閉じて、両腕を枕にしがみつかせていた。
花道が瞼に触れようとしたとき、流川の瞳がうっすらと見えた。
「……る…ルカワ? その…ダイジョブか?」
声のする方に視線を向けて、流川は何度か瞬きをした。目尻から、うっすらと流れるものが何なのか。花道は涙という単語が思い出せなかった。
「…………イタイ…」
痛いという言葉が聞けて、花道は本当に嬉しかった。瞼が熱くなってくるのを止められなかった。
ゆっくりと流川が両腕を上げて、花道の首を掴んだ。花道の上体を軽く引っ張ると、流川の方が痛いことになってしまった。
「イテテ…」
「る…ルカワ…その…」
引き寄せられて、花道の耳元で囁かれた。
「……気持ちイイか?」
「あ……ハイ…オレは…」
「……そうか…」
少し体を離すと、流川が花道を見上げて、うっすら笑っていた。花道にはそう見えた。
流川が突然キュッと体に力を入れたせいか、花道が流川の中に放った。なんという、怒濤の時間だっただろうか。
つい何時間前までは、こんなことは一切なかったのに。
今度こそ静かに眠る流川を見て、花道は何度も自分の頬を抓った。すべて自分の妄想の流川ではないかという疑いから解放されるまで。花道は、10月11日という今日の日付を絶対に忘れないよう心に刻んだ。
「はなる」スキーのちょっとした遊び心です(笑)<10月11日
ノックは無視ですな…