今話15
それから数日後、花道は流川を連れ出した。
「…どこへ行くつもりだ」
「……いーから…」
花道は、未だに流川に新しいチームに入れたことを話していなかった。
「オレ……アポ取ったから」
流川には、花道の考えが全くわからなかった。
その体育館についたとき、流川にはまだ理解できていなかった。けれど、アポと言った通り、事前に話は済んでいるらしく、流川は上着を脱いで、中用のバッシュに履き替えた。新たに追加でトライアウトでもあったのだろうか、と想像した。
実際そこには、監督と数名の選手がいた。練習前の時間を利用してのテストらしい。
「ルカワ…やってやろうぜ…」
「………おう…」
花道もこのチームのテストを受けるのだろうか。こういう形式は流川には初めてだった。2対2で、しかも花道と流川がペアだった。
自分たちより大きい選手たちを目の前にしても、もちろん怯んだりしない。攻める勇敢さは、流川の持ち味だった。試合形式のときと違い、ボールに触れる機会も圧倒的に多い。そして、花道の動きは、流川には想像がついた。実際、対戦相手ではないので、お互いをカバーし合う。こんな2人の動きをかつてのチームメイトが見たら驚くだろうと思われた、そんな試合運びだった。
短い時間とはいえ、花道と流川のペアは相手の選手たちを押さえ込んだ。得点もかなり差を付けた。
花道は、呼吸を整えた後、監督のそばに寄っていった。流川には未だに状況がわからないけれど、どうやらトライアウトしているのは自分たちだけなのだということに気が付いた。
対戦相手が流川に所属チーム名を聞いてきた。見たことのないアジア人だと言われ、日本人だと言い返した。それ以上、流川は何も言わず、ただじっと花道の後ろ姿を見ていた。
『アイツ…ウチのチームに来るんだろ?』
いろいろ話しかけられて無視していた流川に、まだしつこく聞いてくる。そして、その言葉に、流川は強く反応した。
『でもよ……今、クビ切られたぜ…アイツ…』
「…なんだって…」
遠くて、しかも早口の監督の言葉は、流川には聴き取れなかった。花道が、監督に強く何か言っている。揉めているというよりは、花道が交渉しているだけに見えた。そして、監督が立ち去るの追いかけようとして、周囲の人間に止められていた。
「……桜木?」
『…日本人は日本人同士やれってさ…』
監督が言ったらしいセリフを、わざわざゆっくり言い直したのは、自分たちをバカにしたかったかだろうか。流川には横で話し続ける選手がただ鬱陶しかった。
『……日本人が恐いのか…どあほう』
流川は、キッと睨んで、その場を立ち去った。こんなこと、言われ慣れているし、いちいち腹を立てていてはキリがないと思う。それでも、無性に苛立った。
けれど、今はそれよりも、呆然と立ちつくす花道に近寄った。
「…桜木…?」
「……ルカワ……すまねぇ…」
何となくわかってきたけれど、未だに状況がはっきりしない。流川は花道を体育館の外に促した。
「……桜木…テメー…このチームに入るんだろ?」
話しかけられても、花道はショックから立ち直っていなかった。
「…もしかして……オレのためか?」
流川に視線を寄せられて、花道はあらぬ方向を向いた。どうやら否定は出来ないらしい。
「……テメー、クビ切られたって……本当か?」
「…………うん…」
ようやく花道が返事をした。これまでの推測も、あのうるさい選手の言ったことも、本当だったらしい。
「ちょっと待ってろ…オレが言ってくる」
「な…ルカワ……い、いいんだ…」
走り出そうとしていた流川の腕を、花道はギュッと握り、引き留めた。
「……桜木?」
「………いいんだ…」
「…よくねぇだろ? オレは関係ないって言ってくるから」
「………帰ろう…ルカワ…」
練習着のまま、花道は歩き出した。流川の腕を放さないので、そのまま引っ張られてしまう。体育館を振り返って、流川は動揺し始めた。
花道は、このチームに決まっていた。それを、自分とのプレーを見せたことで首を切られた形になる。きっと、自分が落ち込んでいたのを見せたから、だと流川は思った。
道中、流川は何度も花道に話しかけた。もう一度自分が掛け合うから、と。
けれど、花道は首を振るばかりで、ずんずんと家に向かって行く。
部屋に着いてからも、流川はまた同じことを繰り返し言った。
「…桜木……オレ、言ってくる」
「いーって…」
部屋に座り込む花道に、流川は言いたくなかった本音を吐いた。
「桜木……正直に答えろ……オレのせいで、テメーまでチームから外された……そう思ってンのか?」
花道は勢い良く振り返り、少しいつもの花道らしい口調になった。
「は? ンなわけねーだろ? オレがカッテにしたことなんだ」
「…なんで…」
「………なんでって……オレぁ、オメーとしたかったンだよ…」
項垂れた背中を流川に見せたまま、花道は静かに続けた。
「…オレ、リーグに出られて、すっげーラッキーだったと思ってる。ありがてーけど……でも、オメーがいねー」
「………オレ?」
「まあ……いつか同じチームになれたら……くらいに思ってたけど……前のチームでも、オレ、イワカンあったし…それにたぶん、あんな考えのカントクのトコじゃ…長くやれねぇと思う」
「……違和感?」
「…大学ンときもよ………ナンのカンの言ったけど……結局、ルカワがいなかったからだよ…」
花道は、今本当のことを話しているのだろうと流川には思えた。
日本の名門大学やアメリカのリーグに所属するよりも、自分とプレーがしたい。そう言っているのだろうか。流川はまず驚いた。そして、何を甘っちょろいことをと憤り、同時に心から感動した。
「お……オレは…こっちでバスケしてーけど……あんなさみしーバスケはつらい…」
「……これから…慣れるかもしンねぇじゃねぇか……テメーは湘北の印象が強いだけ…じゃねぇのか」
「………うん…かもな…」
それでも、と続けて、花道は流川に抱きついた。
辛いことや哀しいことがあると、ついこうしてしまう。当たり前になってきているけれど、何度目であっても心が落ち着くのだから、仕方がない。
「…ルカワ……オレ、オメーとバスケがしたい…どうしたらいいんだ…?」
自分の胸で泣き始めた花道に、流川はかける言葉もなかった。
きっと、苦しい努力を続けている選手はたくさんいるだろうけれど、花道も自分も頑張っていると思う。運がすべてとは言わないけれど、自分たちにはそういうものが足りないのかもしれない。
流川は、花道の背中に腕を回し、しっかりと抱きしめた。
何があっても、こうしていればまた乗り越えられる気がする。自分を売り込む機会を最大限に利用して、それでも駄目ならアルバイトをしながらまたのチャンスを待つ。この州以外にもバスケットを出来るところはたくさんある。また一からやり直してもいい。自分のためにチームから解雇された花道のためにも、出来る限りの努力をしなければならない。
流川は何度も自分にそう言い聞かせた。
次の日、2人はゆっくり起きた。そういうことは滅多にない。けれど、その日は少し気分が乗らなかった。これで快晴だったら、わずかでも気持ち良く感じられたかもしれないけれど、外は激しい雨だった。
「ルカワ…今日はビデオデーだな…」
ベッドでゴロゴロしながら、花道がボソリと呟いた。花道にもまだ記憶に新しい。これからまた、ストリートに出るようになるのだろう。
「…桜木…」
「…ん?」
「……テメー……大事なこと…忘れてる」
「な…なに…なんだ?」
「……ビザ」
花道は、その単語に目を見開いた。すっかり忘れていたけれど、花道は就労ビザがない限り、アメリカに滞在することが出来ないのだ。永住権を持った流川と違って。
「そ、そうか……前のオメーみたいに、バイトしなきゃ…」
「………日本に帰らねぇの?」
「…ルカワ……わかってて言ってんだろ!」
とにかく、今週中に花道は就労ビザを用意してくれるバイト先を見つけなければならない。
「…うーん……前のオメーの寿司屋…どうかなー」
「………ちょっと遠くなったけどな」
引っ越す前ならば歩いていけたけれど、今ならば電車通勤になる。
「けど……他にいいトコ知らねーしな…」
「今日は…日曜だから……休み」
それならば明日にでも電話してみようと、決めた。
「あーあ…バイトはいいけどよ……オメーみてーのだとちょっとラクだな…」
永住権の抽選に当選したのは、確かに運が良かったと自分でも思う。花道も申請したので、来年の抽選次第では永住できるかもしれなかった。
「なあ…オレ思ったんだけどよ……オメーとケッコンすりゃ、オレも永住権てもらえるかな…」
花道は以前招待された結婚式の裏話を思い出した。愛し合って結婚するけれど、これで永住権がもらえると言っていた。その前にも、違うビザがいるような話だったけれど。
何気ない花道の言葉に、流川は内心かなり動揺した。
たぶんどれほどの爆弾発言だったか、本人には自覚はないのだろう。
自分たちの身近にはない言葉。
「……発表は来年だ…」
流川は、つとめて冷静な返事をした。
結婚など、これまで考えたことはなかったけれど、いつもまでもその単語が耳を離れず、しばらく心拍が跳ね上がったままだった。
今更ですが… 『 』が英語です〜
アメリカでの話なのに、全然英語出てこないですな(笑)永住権。グリーンカード?
いま流川と結婚しても、花道はもらえないと思いまするな…
「婚約者ビザ」というのもあるんですってね!
世の中知らないことがいっぱいです…(汗)