今話17

   

 12月に入ってから毎日、花道は幸せな気分だった。
 チームに入ったことは夢ではなく、毎日練習に通う。新しいチームメイトは英語が中途半端な選手も多かったけれど、バスケット用語ならわかる。お互いの国の言葉で言い合うこともよくあった。
 そして、その場に、流川楓もいるからだ。
 約一年ぶりに流川と同じチームに入って、その熱心さに改めて感心する。黙々と自分を研鑽し続ける。以前は無口な選手だったけれど、今は積極的に意見も言う。監督が自由に意見を言わせるタイプというのもあったが、流川は正直に思ったことを口にしていた。
 流川は、勝ちたいのだ。
 それはもちろん自分もそうだけれど。
 だから、流川に負けないよう、自分の考えを遠慮無く言うことにしていた。
 2人が英語で言い合うことが新鮮に思えた。

 州内リーグの中で、チームが弱くなればなるほど、給料が少ない。それはわかっていたことだけれど、チームメイトたちのバイト量の多さは、練習量が減ることを意味した。
『日本人は金持ちだから…』
 そんな風に言われ、流川は何度も怒鳴り返した。自分の状況を説明するのも面倒だった。
『勝ちたくねぇのか、どあほう』
 英語でバカという言葉を、流川は何度も使っていた。喧嘩を売っているようなものだけれど、このチームには少し諦めた感じが漂っていた。
 ここが最後のプレー場所と決めている選手や、どうせ外国人だから、と思っている。流川にはそう見えた。
 口で言ってもわからない相手にいつまでも付き合えなくて、流川はとにかく練習し続けた。コートでプレー出来る有り難さをわかっていないと、悔しく感じた。
 花道は、当然のように流川と一緒だった。
 早朝や居残り練習も、可能な限り続けた。週に一度は体を休めなければいけないとトレーナーに言われ、しぶしぶビデオデーがあるくらいだ。体育館ならば、雨が降っていても練習出来る。流川は、そのことがとにかく嬉しかった。

 

 すぐにリーグ対戦が始まって、会場内での応援の差に、流川も花道も自分たちのチームの位置をはっきりと悟った。誰にも期待されないチームはとても寂しいけれど、自分たちのバスケットをやろうと心に決めた。
 今のところ、流川には花道以外に信頼出来るチームメイトはいなかった。誰も特徴もなく、自分と打ち解けようとしていない。もしかしたら、もっと歩み寄るべきなのかもしれないとも思う。けれど、やる気のない選手をその気にさせる気持ちの余裕がなかった。
「…ルカワ……じっくり行こうぜ…」
 試合前に、花道は耳元で囁いた。流川の焦りが伝わってくるからだ。コートに出たら、きっとまたオフェンスの鬼になるのだろうけれど、落ち着いてプレー出来るようなムードにしたかったから。
「…桜木……オレには…これが初めての公式試合だ」
 アメリカに来て、ずっとバスケットはしていたけれど。花道はすでに出場しただろうけど、自分にとっては、これがスタートなのだという意味だった。
 花道は自分が思っていた以外の言葉が出てきて、少し見くびっていたことを心から申し訳なく思った。流川は焦っているのではない。意気込んでいるだけだ。だから、大丈夫だと思った。
「…ルカワ…ちょっと…」
 チームの控え室から、花道は流川を連れ出した。男子トイレに誰もいないことを確認して、素早くキスをした。
「………桜木…」
 額に怒りマークを付けた流川が、じっと花道を見上げて睨んだ。
「そ、その……オレの安定剤だから…」
「………トイレでか」
 流川の怒りはそのことだったのだろうか。試合前にふざけるな、とか言われるかと思ったけれど。
「ルカワ…行くぜ」
「……エラそうに…」
 いつもの流川になったと思う。
 花道は、同じユニフォームを着て並んで歩いている自分を誇りに思った。

 

 12月の試合日数は少なかった。
 最後の試合に、ボランティア先の小中学生が観戦に来ていた。2人がチームに入ったために、ボランティアを続けられなくなったと挨拶に行った。残念だと言ってもらい、また遊びに来てくれと誘われていた。
「アイツら…観てるしな」
 花道のハリキリは、彼らのおかげでアップした。もちろん流川も無様なところは見せられないと頑張った。
 実際、試合に勝ってよかったと心から思った。いつもより多く感じた応援も、きっと気のせいではないと思う。
「また行こうな…ルカワ…」
「……ああ…」
 あのボランティアは楽しくて、自分たちは気持ちのリフレッシュをしていたと思う。また、自分たちでは作れない日本食が恋しかった。
 クリスマス直前まで試合はあったけれど、リーグはクリスマス休暇に入り、そのまま冬休みに入る。流川は、練習まで休みに入ったことに心底驚いた。
『里帰りする選手も多いからね…』
 そんな説明を受けても、まだ納得がいかなかった。けれど、これはこのチームに限ったことではないと、後から知った。
 流川はとりあえず体育館の使用を交渉して、もう勝手にしろという気分だった。
 最後の練習日にも、バイトで来られない選手がいて、全員揃わなかった。
『僕たち…勝ったね…今年の締めくくりとして良い試合だった』
 監督のその言葉にだけ、流川は同調した。
 このチームが、たとえ1勝とはいえ、上位チームを負かすことが出来たのだ。相手チームはさぞ悔しい年越しになるだろう。
『年明けは4日から練習再開。じゃあ、また来年…』
 短い挨拶の後、それぞれが帰宅した。
 外は雪が積もっていて、かなり冷え込んでいた。
「なー…こんな雪があったら、外コート使えないよな…」
「……だな…」
 雪を見上げて呆然とする自分たちを想像して、2人とも背筋が寒くなった。
 こうしてチームにいられるおかげで、体育館で練習出来る。
 やはり幸せだ、と思いながら、歩いて帰宅した。

「ルカワ…日本に帰らねーの?」
「……テメーこそ…」
 何を今更と思うけれど、そういえばそんな話は全く出なかった。ほんの1ヶ月前まで、チームに入るためにとか、アルバイトをしようとか、そんな不安定な身分だったから。もっとも、今でも収入があまりにも少ないので、日本への航空券も買えないけれど。
「オレはよ…もう日本に帰れねーって言ったろ?」
「……別に…日本にいる分には問題ねーと思うけど…」
 花道は、どうも日本には帰ってはいけないと思い込んでいるらしい。流川からすれば、例えば花道が日本でサラリーマンになるなら誰も何も言わないと思うのに。
「…サラリーマン…」
「……は? なんだそりゃ…」
 思わずついて出た言葉を、流川は想像してみた。スーツが似合わないとは言わないけれど、オフィスで座って仕事をしている花道は、全く駄目だと思った。バスケットをしている花道しか、自分にはわからないのだ。
「じゃあ……工事現場とか…」
 そういう肉体労働なら、少し想像出来た。
 そんな姿を脳内に描かれているとも知らず、花道はキッチンで鼻歌を歌っていた。
 こういう明るい気持ちで冬休みを迎えることが出来て、流川は嬉しくて一人笑顔になっていた。

 

 

 

 

2008.10.31 キリコ
  
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