今話19
大晦日という日になっても、アメリカではそんな雰囲気も感じなかった。日本でいるときのように大掃除に追われたけれど、きっと街の雰囲気が違うからだろうと思った。
昼食に、年越し蕎麦を食べようと中華街へ出かけた。こちらでは、まだまだお正月ではないらしい。同じ国の中でもまるで別の国があるかのようだった。
「国が違えば…イロイロだな…」
様々な国の人と接するうちに、これまで当たり前と思っていたことが不思議に感じたりする。
それでも、自分たちは18年間日本で暮らしていたので、やはりそれがベースだった。
「ルカワ…初詣に行こうぜ」
「……初詣?」
「まあ…神社やお寺じゃなくて…カウントダウンかな」
それは全然初詣ではないと思ったけれど、流川は「起きてたら」と返事をした。
朝早くから頑張った大掃除のせいか、すでに眠かった。
軽く昼寝をした後は、バスケットのビデオを観ていた。年末といっても、やはり変わらない。昨年もそうだったと、花道は思い出した。
「…アメリカにも…ソバはあったな…」
花道がお茶を入れに立ち上がったとき、流川がボソリと呟いた。
流川も、1年前のことを思い出していた。大晦日に実家で年越し蕎麦を食べた。確かそのとき、母親がアメリカにも蕎麦があるのか気にしていた。今度電話がかかってきて、覚えていたら伝えようと思った。
この家に引っ越してきたとき、花道と中華街へ散歩に出た。そのときも、引っ越し蕎麦だと言って、食べたけれど。今日という日になって、初めて母の言葉を思い出した。夜遅くに、花道は出かける準備を始め、流川まで引きずられた。眠いと何度も口にしながら、流川はしぶしぶ付いて歩いた。
深夜近くの外はとても寒く、流川は着込めるだけ服を重ねた。毛糸の帽子を被り、その上からダッフルコートのフードを被った。鼻や口元にはマフラーを巻いていたので、パッと見ると誰だかわからない格好になった。
花道が事前に調べていたのか、カウントダウンの花火が上がる湖に着いた。いつの間にそんな情報を仕入れていたのかはわからない。ほとんどの時間を一緒にいるはずでも、知らない付き合いもあるのだろう。花道は、今でも英会話レッスンを続けているから。
じっと立って待っているのが寒くて、流川は何度も足踏みした。隣で花道も寒そうに鼻を赤くしているけれど、自分よりははるかに薄着だった。さすがの花道も今日は毛糸の帽子を被っているけれど。
じっと湖の方を見つめながら、しばらく何も話さないでいた。
誰かが1分前だと叫んだとき、花道は流川の手を取った。
花火の間手を繋いでいたいということだろうかと、流川は思ったので、黙ってしたいようにさせていた。こんな人混みでは、誰が誰だかわからないだろうと思ったから。
花道は、流川の左手の手袋を抜き取った。急にひんやりとして、流川はすぐに自分のポケットに手を入れた。それを追いかけるように、花道が流川のポケットに右手を入れてくる。手袋をしていない花道の手は冷たかった。
「…つめてー」
文句を言ったけれど、マフラーに邪魔されて聞こえないのか、花道の手は出ていかなかった。
それだけではなく、花道の手はモゾモゾと動く。手を繋ぐのではなく、何かしたいらしい。しかも、急いでいるように見えた。
いったい何事なのかと、少し手を出してみる。花道は、ポケットの方を見ずに、まだ右手だけモゾモゾと不器用そうに動かしていた。
花道が冷たい何かを持っていると気付いたとき、それが流川の指に填められたことがわかった。指を一本一本確かめていたのは、その指を探していたからか。
花道が自分に課した任務が終わったとき、はっきりとわかる深呼吸をした。安堵したため息なのか、それとも流川の反応を待っているのか。
流川は、眠気も飛んで、湖を見たまま大きく目を見開いていた。花道の指が今度は自分の指に絡められて、ギュッと手を握りしめる。そこに、これまで感じたことのない違和感があった。
眉を寄せながら違和感を確認したけれど、それでもまだ花道の方を向くことが出来なかった。
ちょうどそのとき、花火が上がり始め、新しい年になったことがわかった。30秒前から始まったカウントダウンの間、2人ともポケットの中に集中していて、聞いていなかった。
花火が上がるたびに、ほんの少し明るくなる。周囲の歓声を聞きながら、2人はまだ動けなかった。あちらこちらで新年の挨拶やキスが見える。けれど、それを身近なものに感じられなかった。
花道の空いている左手が流川の頬に触れ、流川はまた冷たいと心の中で文句を言った。
いったい自分に何が起こっているのか、まるで他人事のように思えた。
キスしようとした花道が流川のマフラーに気が付いて、口元だけくつろげる。その至近距離で、流川はただじっと花道を見ていた。
ゆっくりと触れられたキスにうっとりしかけたけれど、すぐにここが外だったことを思い出す。けれど、流川は花道を止めることが出来なかった。
「…オレと結婚してください」
ほとんど口の中に直接伝えられた言葉を、流川は理解出来なかった。花道がこういう口調で自分に話すとき、本気だということを知っていた。だからかえって、どう反応すればいいのか、わからなくなってしまった。「ハッピーニューイヤー」か「ハッピーバースディ」という言葉しか、予測できていなかったから。
もう一度キスされて、流川は目を閉じた。
体を動かすことが出来ず、ただポケットの中で手をギュッと握り返した。
花火が終わったあとは、誰もがあっという間に静かに家へ向かう。
2人もほとんど見なかった花火の終了に、ようやく視線を上げた。こんなにも大勢の観衆の中で、お互いしか見ていなかったから。
大急ぎで帰宅して、ほとんど走るように部屋に駆け込んだ。物騒な地域に深夜に歩くのは初めてで、さすがに緊張した。けれど花道は、自分の速い脈を、トキメキのせいだと思いたかった。
玄関でコートや帽子を脱ごうとする流川に、花道はまたキスをした。ただいまとおかえりのキスのつもりだけれど、流川はただじっとしていて、反応はなかった。さすがにもう眠いのかもしれないと思う。こんな時間まで、流川が起きていることはないのだ。
花道は大急ぎでバスルームに連れて行き、立ったままの流川のセーターやジーンズを脱がす。その間、流川はぼんやりしていたけれど、その指だけをじっと見ていた。
「シャワーだけな」
お湯が溜まるのを待っていられなくて、とりあえずシャワーを浴びることにした。けれど、流川は素っ裸で立ったまま、躊躇っているように見えた。
「ルカワ? 冷えるぞ?」
いくら暖房が効いている家の中とはいえ、その格好ではと思う。
そのときようやく、流川がじっと指輪を見ていることに気が付いた。
「あ……その……そのまま…な?」
花道に背中を押されて、流川は湯船に座った。流川は、この指輪を外すべきかどうか、実際迷っていた。濡らしていい物なのか。そして、自分で外していい物か、判断が付かなかったのだ。
こんなにも悩ましい物をくれやがって、と心の中で毒づいた。
こんなにも小さいのに、とても大きな存在感だった。
左手の薬指に指輪、という意味を、流川はもちろん知っている。初めて指輪を付けるせいか、それとも花道に付けられたものだからか、そこだけに神経が集中してしまう。流川は帰りの道中、頭の中でずっと「結婚」という文字を考えていた。
「……けっこん…」
突然、何を言い出すのだろうか。
花道の言うことやることは、いつでも急で戸惑うことが多い。
けれど、自分はそれをすべて受け止めて来た気がする。
流川のすぐ後から、花道もシャワーの下に立った。さすがに冷えたのか、少し熱めにしている。そして、温まったら、流川の体を洗い始めた。
機嫌の良いらしい花道は、楽しそうに手を動かしている。そこに卑猥な動きはなかった。シャワーから出て、花道は流川の全身をバスタオルで拭いた。髪の毛をゴシゴシと拭かれるとき、流川の視界はバスタオルに入ってしまった。そして、そんな目隠し状態のまま、流川は花道に抱え上げられた。
驚いて体が強張ったけれど、花道がベッドルームに連れて行こうとしているのがわかったので黙っていた。こんな自分を横抱きにして、花道の腰は大丈夫なのかと心配になった。さっき、帰宅してすぐにうがいしたのは風邪を引かないようにだし、とにかく自分たちの体は資本なのだから。
花道は、廊下を挟んで向かいのベッドルームに走った。憧れのお姫様抱っこだけれど、やはり流川は大きな男なのだ。さすがの花道も、少し息が切れてしまった。
相変わらずバスタオルにくるまれたままの流川をふとんに入れてから、花道はバスルームにまた走って行った。
暗い部屋で一人になって、流川はじっとその指輪を見つめていた。花道が戻ってきたとき、流川はそのまま動いていなくて、その姿を自分の瞼に焼き付けておこうと思った。流川は、今はその指輪以外、何も身につけていないのだ。花道の言葉に対して何も返事はしないのは、きっと戸惑っているせいだと思っていた。自惚れかもしれないけれど、流川の表情はただぼんやりしているだけに見えた。そして、流川はその指輪を外そうとはしないから。
花道は自分の頬が崩れてくるのを感じながら、そっとベッドに入った。
「…ルカワ?」
頭に被さっていたバスタオルを、花道はゆっくりと取り外した。流川はそれでもまだ指輪から視線を逸らせなかった。
花道は、流川の左手を自分に引き寄せ、その指輪にキスをした。その様子も、流川はただじっと見ているだけで、何の反応もなかった。
「……ねみーだろ? 話はまた明日…」
花道は、出来れば今日はしたいと思って、素っ裸のままでいたけれど。時計の針は午前1時をとっくに過ぎていて、いい加減流川の限界だろうと思った。
ゆっくりと肩を抱き寄せると、流川は花道の胸の中に収まった。このまま寝ようと促したつもりだった。
流川は、ゆっくりと花道の背中に腕を回した。花道の予想通り、かなり眠いけれど。高ぶった下半身を何とかしてほしくて、花道の腹あたりにその存在をぶつけた。
すぐに花道は流川の気持ちを察し、体を起こした。
見下ろすと、流川は目を閉じている。半分眠っているのかもしれない。けれど、OKが出たことを嬉しく思った。
時間をかけてじっくりとソコを解したいけれど、今日は時間がない。さっさと済ませるという意味ではなく、多少のスピードアップが必要だと花道は思った。完全に流川が眠ってしまうまでに。
花道は、流川にチュッとキスをして、そのまま下腹部まで降りて行った。掛け布団も付いていったので、流川の体は暗い中に晒された。膝を閉じて片方に倒している姿が可愛くて、花道はそれも記憶しておこうと決めた。
屹立して、すでに苦しそうにしている流川の分身を、花道は口の中に含んだ。
驚いたらしい高い声が聞こえたあと、逃げだそうとした。その腰をしっかり押さえ、花道は慣れない行為に集中した。これが、初めてのフェラチオだった。
ほどなく、流川は射精した。
脱力したところで、花道はソコを攻める。もっとじっくり解したいけれど、我慢出来なかった。いつもなら、一度放ってから挿入する。けれど、今日はその過程を飛ばしたから。
流川がおそらく半分寝ていて、いつもより体の力が抜けているせいか、思ったよりも花道は進みやすかった。自分に余裕はないけれど、流川の体を思いやることを忘れないようにした。
花道の深いところでの律動に感じたのか、それとも嫌だったのか、流川が少し体を起こし、自分の膝を抱えた。ちょうど体を丸くしたような体勢になり、花道の挿入角度も自然と変わった。花道が流川の膝を割ると、そこにはまた元気を取り戻した流川がいた。これまで、花道を受け入れたまま勃起したことはなかったのに。同じような律動を繰り返すと、流川の口から小さな喘ぎ声が聞こえ始めた。
寝ぼけていると声が出やすいのか。それともただ受け入れ慣れてきたせいだろうか。
花道は、流川が嬉しいと感じているから、と思いたかった。
上気した頬やあまやかな吐息に、花道も射精しそうになる。けれど、今日はとにかく流川に奉仕する日だと自分で決めていたから。流川の悦いと思うらしいポイントを、花道は探した。
少し浅いところで角度を変えると、流川の背中が急に仰け反った。枕にしがみついていた両腕が空中を彷徨うので、花道は両手の指をそれぞれに絡めた。しっかりと握り合うと、そこに指輪の存在を確認出来た。
花道を受け入れたまま、流川は素直な声を出しながら放った。強い収縮を受けて、花道も流川の中に放った。
花道は、何度も神に感謝した。何と言えばいいのかもわからないくらいだった。下世話なことも考えてしまったけれど、これからもずっと一緒にいられますようにと祈りながら眠りについた。
手を握り合うのは、ポケットの中なんですが…
絵にしようと思うと…つい出しちゃった(笑)
でも暗くしたので、薬指の指輪、見にくいです〜
2008.10.31 キリコ
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