今話26

   

 9月から11月のリーグ中に、花道も流川も元いたチームでかなり上位に上がった。万年最下位というレッテルから離れ、監督も選手も評価が変わる。詳しい理屈はわからないけれど、2人のお給料も上がった。トライアウトに必死になっていた1年前と随分待遇が変わり、他チームから声がかかるようになった。
「ふふん…有名になったな…オレたちも」
 花道は部屋の中でふんぞり返っていた。流川も少しそうしたい気分ではあったけれど、違うことを呟いた。
「……気付くのがおせー……どあほう」
 強気の流川の顔が、花道は気に入っている。いつでも負けるものかという表情でこれまでもトライしてきたのだ。
 それでも、結局彼らは12月からも同じチームに在籍した。このチームで優勝をもぎ取る方が、「ざまあみろ」という気持ちだった。自分たちにとって優勝はゴールではなく、通過点のはずだから。
「次は…全米デビューか?」
「……テメーは気が早い…」
 まだまだ地方の1チームだ。今後どうなるのかわからないけれど、とにかく勝ち続ければ何か道が開けると思っていた。

 昨年のクリスマスや冬休みと同じく、チームは休みに入ってしまう。それでも、今年も当たり前のように体育館の使用を申し出た。実績のせいか、監督や事務所もうるさく言わなかった。練習量もチーム内のコミュニケーションも大事だと、つくづく感じたから。
『日本って…こういうやり方なの?』
『……全部かどうかは…』
『その勤勉なところは、やっぱり日本人だよね』
 褒められているのか莫迦にされているのかわからない監督の言葉も、今ではかなり聴き取れるようになった。
『まあ…今年も明るく年越しできるね』
 そんな風な明るい挨拶で、練習は締めくくられた。
 2人やアメリカに残るチームメイトは、これからもまだ自主練習するけれど。

 冬休みの最後の練習日に、花道は突然切り出した。
「ルカワ…もうすぐ誕生日だな…」
 着替えていた流川は、ゆっくりジャージを羽織りながら聞き返した。
「……なんだ突然…」
「…いや……今年はどーしようかなーと思って」
「……どうする?」
「……いや…オレが聞いてンの…」
 荷物を持って、自分たちのアパートに向かう。こんなことが当たり前になっていることが、嬉しいと思う。流川には、誕生日が特別という気持ちもあまりなかった。その日は祝日で、体育館でバスケットが出来ないことが残念だった。
「……オレに決めろってのか?」
「…うーん……いや希望を聞いてンの…」
「……何でもいいのか?」
「………よ、予算範囲内なら…」
 流川は俯いて小さく笑った。こちらの友人たちに聞くと、ディナーとか立派なプレゼントとか、そういうアドバイスしかもらえなかったらしい。けれど、自分はそんなものにはちっとも興味がない。
「…桜木」
「……な、なんだ…」
「……NBA行くだろ」
「…おお…そりゃそうだけど…」
 年末にちょうど地元で試合が開催される。一番安い席だけれど、すでにチケットを取っていた。
「……ルカワ?」
「…オレは……それでいい…」
 流川は自分のチケットを自分のお金で払っていた。それを花道が買ったことにしたとしても、かなり安い。かといって、高い席のチケットは、驚くほど高額だった。
「あの……1階席で見たい…とか?」
「……チケットはもうあるだろ」
 花道の頭はクエスチョンマークでいっぱいになっていた。会話がずれているのか、それとも自分の理解力のせいなのか。
「…ルカワ君……もーちょっとわかりやすく…」
 振り返りながら、流川は大きなため息をついた。言外に、何もいらない、と言っているのに。
 1年前はどうしただろうか。流川はすぐに思い出すことが出来た。
「ああ……桜木…」
「……はい?」
「…試合の後……花火でいい…」
「……花火?」
 あのときは、花火など全く見ていなかった。来年ここにいるとは限らないし、出来れば違うところへステップアップしていたいと思う。それならば、と考えたのだ。
「…オレの…したいようにしていいンだろ?」
「……は、はい…」
 花道は、今ひとつ合点がいかないまま、それでも流川の言う通りにするつもりだった。

 大晦日の日は、一段と冷えの強い日だった。その日の試合はデイゲームで、試合が終わってもまだ外はかろうじて太陽が見えた。
「…オメー…体調悪ぃンか?」
「………なんで…」
「ずっとダッフル着て…手袋したままじゃねぇか…」
「……悪くない…けど、さみー」
「……まぁな…」
 そういう花道は、1年前のようにニットの帽子を被っているだけだった。
「うーん……いったん帰るか?」
「……帰らねー」
 こうして、2人で歩くこともあまりない。せっかく街の方まで出てきたとは思うけれど、特に買い物にも興味がなく、とりあえず暖かい百貨店の中を冷やかして歩いた。お店もすぐに閉店し、ファーストフード店で時間をつぶした。
「…メシ…足りてるか?」
「……おう…」
 流川はぼんやりと返事をしていた。10時も過ぎると、だんだん眠くなってきているらしい。巻いたままのマフラーに顎を埋めて、目を閉じていた。
 花道の目から見て、今日の流川はおかしかった。ダッフルは脱いでも、マフラーも手袋もしたままだ。汚れがついて舌打ちしていたけれど、それでも外さなかった。
 そのときになって、ようやく一つのことに思い当たって、花道は行動した。無造作に膝に置かれた左手の手袋を引っ張った。そこには、いつもなら外している指輪が填められていた。
「……ルカワ?」
 チッと舌打ちして、流川は手袋を取り戻した。
「…なんで…」
「………外で…つけてみた…試合も、買い物も、メシも…」
 視線を落としたままの流川から、花道は目が離せなかった。
「…今日は…オレがしたいようにする…って言った」
「………そんな…オレにも言ってくれりゃ…」
 花道は自分がなぜショックを受けているのか、わからなかった。まさかそんなことを望むとは思いもしなかったし、自分は持ってくることもしなかった。
「ちょ、ちょっと…ココで待ってろ…オレも取りに…」
「…桜木」
 大慌てで立ち上がった花道を、流川はセーターを引っ張って止めた。
「座れ…」
「……でもよ…」
 流川は無言のまま、手袋を填めたままの右手を差し出した。
 その意味を測りかねて、花道はじっと流川の目を見つけた。瞼が一度ゆっくりと閉じられて、うんと言った気がした。
 冷たい右手の薬指に、花道の指輪が填められていた。
 その指輪を取り外そうとしたら、流川が軽く抵抗した。
「…あとで…」
「…あと?」
「………花火…」
 花道はそう言われても、強引に指輪を外した。
「は…花火ンときにもっかい付けてもらう……けど、今はこうやって堂々と歩く」
 そんな宣言に、流川は目を大きく見開いた。もちろん自分たちの言葉は日本語で周囲の人々にはわからないだろうけど。
「…ば、バレたくねーってンだろ? オメーが手袋してたらわかンねーだろうし…」
 少しの間でも、こうして2人で指輪をつけて外出出来るなら。
「ンかーーっ! オレそんなコト、思いつかなかったぜ……言ってくれよ…ルカワ…」
 こんなことを考えた自分がおかしいのだろうかと思い、流川は返事をしなかった。またマフラーに顔全体を埋めるようにして、下を向いた。その耳が赤いことに、花道は気が付いた。
「よしルカワ! 外へ行こう」
「……はっ?」
 花道は、手袋をしていない。指輪が外に晒されて、慣れたはずのその存在が大きく感じた。こうして家の外で填めるのは、桜木軍団に見せたときだけだった。誰もが自分の指を見ている気がする。実際には、薄暗くて見えないけれど。
「ルカワ……さみーだろうけど、ガマンしろ」
 そう言って、流川の手袋を取り上げてしまった。
「……テメー…」
「ど…堂々としてりゃいいって…」
 そういう問題ではないと思うのに。流川は1年前のように、フードを被り、マフラーで顔を埋めた。
 花道は、流川の左手をギュッと握った。お互いの冷たい手を、お互いが温めようと力強く握り合った。
「…ふーふだったら……あたりまえだろ…」
「……ダレがふーふだ……どあほう」
 カウントダウンの間、小声で会話した。1つ目の花火の後、周囲が新年の挨拶をしているとき、2人は真剣にキスをしていた。
 

 

 

 

結局、花火を見ない2人…(笑)
花火を逆光でしてみました。
2人の指輪が見えますでしょうか(^^)
そして、繋いでる手が逆だった(ガーン)
まあ…こんなイメージということで…(汗)

2008.11.11 キリコ
  
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