今話27
10歳代と20歳代はかなり違うと、まだ10歳代の花道は思った。それはあくまでも感覚であって、日本でならお酒やタバコの解禁になるけれど、アメリカでは違う。ただ、自分はいつも3ヶ月間年下だった。その間、なんとなく面白くなかった。
けれど、春が近づいてきて、もうすぐ追いつくという頃、花道は逆にウキウキし出した。きっと、自分の誕生日には、流川が何か祝ってくれるだろう。19歳の誕生日にはお互いが指輪を交換した。先日の流川の20歳のお祝いには、2人で指輪を付けたまま外出した。もっと早く言ってくれれば、自分は付けたままでいたのに。
さて。今回はどうだろう。流川はまた驚くようなことをしてくれるだろうか。
花道は、とても期待していたけれど、また流川から正直に問われてしまった。
「桜木……何がいい?」
何も思いつかなかったのか。流川は少し申し訳なさそうに見えた。
昨年、自分は名前を呼んでとお願いした。それ一度キリだったけれど、今年ももう一度というわけにはいかない。
そういえば、まだ聞いていない言葉があったことを、花道は思い出した。
「…ルカワ……オレに…告白して…」
「……告白?」
流川にとっても予想外の言葉で、目を見開いたまましばらく黙り込んでしまった。実は、このとき流川の頭の中に浮かんだのは、教会での「告白」、つまり「懺悔」のイメージだった。
「……オレ…悪いコトしてねーけど…」
流川は一人で考えながら、根本的に間違っていることにようやく気が付いた。
花道の言う告白は、愛の告白なのだろう。
「…なんで……今更……」
誕生日には、お互いがお互いの好きにしていいという暗黙のルールが出来ているらしい。いつの間にか、そうだったのだ。自分からそのルールを破るのは、プライドが許さなかった。
そもそも、自分は花道のどこが好きなのだろうか。
たぶん好きだとは思うけれど。
流川は首を傾げながら、考えずに、思ったまま口にしてみようと決めた。誕生日の前日に、花道は嬉しそうにベッドに入ってきた。昨年もこの時間だったので、今年もそうだろうと思ったからだ。先にベッドに入っていた流川はいつもと変わらない様子で、花道をじっと見ていた。
「桜木……あっち向け」
「え……はぁ…」
なぜ告白を受けるのに、背中を向けなければいけないのだろうと少々寂しく思いながら、花道は素直にあちらを向いた。
ゆっくりとした動きで流川が両腕を巻き付けたので、花道の気分はすぐに良くなった。
「…桜木…」
「……は、はい…」
「…テメーは……最初ン頃…メチャクチャだったな…」
「………ルカワ?」
その始まりに驚いて、花道は首だけで振り返ろうとした。けれど、すぐに流川の腕がピシャリと叩いた。なぜ自分が怒られるのだろうかと花道は首を傾げた。
「……正直言って……うっとうしーというか、ウルセー…って感じだった」
「………そ、それはまだまだ続くンですかね?」
「…ホントーーに初心者だったな…」
「……だから…」
「……オレを見てたろ?」
「………はい?」
「…オレは、あの頃オメーとは段違いだった。ド素人のテメーのカバーもした」
花道は急に居たたまれなくなってきた。昔の情けない自分を知っている相手というのは、どうにも気まずかった。確かに、本当のことだから。
「……オレは……テメーのスゲートコロも、すぐにわかった」
「………ルカワ?」
「技術は…たぶんガッツとか、そんな感じでゴマかしたけど……それだけじゃねぇ」
もしかして、褒められているのだろうかと気が付いたとき、花道の心拍は上がり始めた。
「……素人とかそういう問題じゃなく……テメーは最後まで諦めなかった…」
「………うん…」
「…赤木先輩に聞いた……「救世主」なんだってな…」
「………なんだそりゃ?」
「……オレが凄くても…オレはテメーじゃねぇ…」
「…あん?」
「……桜木がいたから……あそこまで行けた…」
花道は、胸が熱くなってきて、流川の腕をギュッと掴んだ。
「……桜木……テメーがいたから……今のオレがある…」
「………ルカワ…」
「…努力するヤツは……スキだ」
ジーンと感動し始めていた花道は、今のセリフで肩が抜けてしまった。最後だけ、やけに力が入っていた気がした。
「あの……ルカワ君? ソコはやっぱり…「お前が」じゃないと…」
「……うるせー…どあほう…」
そんないつもの憎まれ口しか叩かなかったけれど、よく思い出してみると、もの凄い告白を受けた。今の流川がいるのは自分のおかげだというのだろうか。それは全くもって逆だと思うのに。
花道は、勢い良く振り返って、流川と向かい合って抱き締めた。
「……オレ……オメーがいなかったら…バスケしてなかったかもしンねー」
「………マネージャーだろーが」
その言葉に、花道は大きく首を振りながら、腕に力を込めた。
「オレ…オメーとバスケがしたい。だから、ココにいる」
「………そうか…」
流川は花道の背中をギュッと握り、じっと目を閉じた。
「……ココまで……よく追いついたな…」
「…お…追いついたかな…」
「……まあ…今でもオレの方が正確だ」
花道がプッと吹きだして、流川も頬だけで笑った。
「ルカワ…オレ…なんでオメーのクビがヨカッタのか…オレにもわかんねーけど…」
「………ああ…」
その話は中途半端に終わったままだった。けれど、改めて話すことでもなく、そのままになっていた。流川はがっしりした立派な男だ。間違いなく男だけれど、あのときの首筋がほっそりとして、頼りなく見えた。もしかしたらそのときの心境がそう見せただけかもしれないけれど。花道は花道なりに考えたけれど、それが答えかどうかはわからない。
「やっぱ……ホモなのかな…」
「…言うなら、ゲイだ」
「同じじゃねぇの?」
「……差別用語らしい」
「…ふーん」
「まあ……テメーはヘンタイだって…前に言ったろ」
「……オレがヘンタイなら…オメーだって…」
流川は花道の胸に顔を埋めたまま、背中を叩いた。
「イテっ ホントのことじゃねぇか」
「……そうかもしれない…」
「………へっ?」
「オレはな…桜木…」
急に声のトーンを落とした流川の頭を、花道はゆっくりと撫でた。
「…オンナに興味がなかったし……オトコにも興味なかった」
「……それって、何に興味があったわけ?」
「……バスケ…」
「で、でもそれって……恋愛じゃないだろ?」
「……バスケを通して……かな…」
「…とおして?」
「……オレの視界に、テメーが入ってきた」
「…あん?」
「……うまい選手はいっぱいいたけど……テメーはいろんな意味で存在感があった…」
「………目立ってたか?」
「…そうだけど……そうじゃねぇ…」
「あの……ルカワ君の話…ときどきムズカシイ…」
ちゃんと聞きたいし、聞いているつもりなのに、理解することが難しい。こうして話してくれること自体、とても嬉しいのに。
「……テメーが…部室で…してこなかったら…」
「あ……ああ……アレ…」
「…オレは、気付かなかったかもしれない」
「………何に?」
「…オレが…桜木がスキってコトに」
花道は腕の中の流川を見ようとした。けれど、流川は俯いたまま顔を上げなかった。
「……オレ…イヤだったのに……イヤじゃなかった…」
「……ルカワ…」
「…オレこそ……ゲイなのかもな…」
花道はゴクリと唾を飲み込んで、流川の背中をしっかりと抱いた。
「そ、そんなコトねぇ……オレが目覚めさせちまったかもしんねぇけど……オレたち2人ともヘンタイでいいじゃねぇか…」
流川は口の端で笑った。花道がそう言う気がしたのだ。
「……オレはヘンタイじゃねぇ…」
「なっ! そんな自分ばっかり!」
流川は目を閉じて、広い胸に頬を当てた。こうしていることが気持ちいいのだから、たぶん自分も変態なのだろうと心の中で思った。
こんなに長い会話って…
はなるでは珍しい気がします(笑)