今話30 おまけ話

   

 試合に負けた夜は、流川と花道の会話はグッと減る。試合に関する自己反省をそれぞれ心の中でして、次の日にはその試合のことばかり話し合う。もちろん、勝った試合でも討論するけれど。
 チームメイトが悪いとか、パスをくれなかったとか、そういうことではない。自分があまりにも情けない展開をしたと感じたとき、花道は夢の中でも怒っていた。
 さすがの流川も、悔しい負け方をしたときは眠りが浅いらしい。頻繁ではないが、真夜中にこういう花道に起こされることがあった。
「チクショッ!」
 隣で眠る花道の力強い腕が枕を叩いて、流川は自分の頭に当たったらどうしてくれるとムッとする。ビクッと体が反射して、その日も急に目覚めさせられた。時計はもうすぐ3時という頃だった。
 それからしばらく、ムニャムニャ呟いたかと思ったら、日本語や英語で怒鳴っている。流川はうるさいと思いながら、自分の両耳に手を当てて窓の方を向いた。
「ウガーーーッ!」
 長く叫んだあと、花道は急に自分の背中に頭をドンと当ててきた。
 実は起きているのではないだろうかといぶかしむほどだ。
「……しまった…」
 急に声のトーンが変わって、涙混じりの小声になる。流川の背中を引っ張って、悔しそうに泣いているらしい。
「…桜木?」
 呼びかけても返事はなく、そのまま黙っていると、次には花道の歯ぎしりが聞こえ始めた。
 夢の中で戦っているのだろうか。今日の試合をリプレイして、不甲斐ない自分を責めているのかもしれない。
 流川は大きなため息をついて、花道の方に振り向いた。
 花道は広い背中を丸めて、いつもより小さく見える。その首筋に手を当てて、ゆっくりと両腕を巻き付ける。肩を抱いて何度か軽く叩くと、丸まっていた花道が少し伸び上がった。流川の胸にしがみついて、うっすらと涙を流している。そのままポンポンと叩いていると、やがて静かに眠りについた。
 眠りを邪魔されたのに流川は怒りもせず、結局朝方までそのままでいた。
 たとえベッドが広くても、一緒に眠っているとこういうことがある。それでも、流川は別々で眠ることなど考えたことがなかった。

 早起きした2人は、口数少なく朝食を食べ、そのままビデオを観ることにした。試合の後、体を休める時間が必要だからだ。
 リビングではなく、ベッドルームに置いたテレビを観ていても、2人とも集中して観ることが出来る。昨日の試合はまだだけれど、それまでの試合のビデオを観ていた。
 流川は温かい日差しとふとんに囲まれて、何度かあくびを繰り返していた。
「…ねみーのか?」
「……なんでもねー」
 アメリカに来てから規則正しい生活を好む流川は、昼寝で寝過ぎることを懸念していた。しかも今はまだ午前中なのだ。
「でもよ……寝不足だとアタマが回らねーだろ?」
「……ほっとけ」
 じっと画面を見たままの流川を、花道は自分の方に引き寄せた。自分の両足の間に座らせて、自分が人間椅子のようにする。されるがままの流川は、花道に髪を撫でられて目を閉じた。
「…ゆうべ、眠れなかったンだろ?」
 昔から眠ることが趣味と言っていた男が、たまに眠れないでいることを花道は知っていた。
 花道は流川の頭頂部に唇を押しつけた。
「オレはちゃんと寝たから…オメーもちょっと寝ろよ…昼には起こすから…」
 この男は何を言っているのだろうか。
 流川は大きなため息をついて、眉を寄せた。
 けれど、こうして温かく包まれていると、自然と眠気がやってくる。自分がもたれているのは花道なのだ。どんな寝言を言おうと、いびきでも歯ぎしりでも、何の遠慮もいらない。
「……絶対起こせ…」
「…わかった…」
 流川はそれだけ念を押して、すぐに意識を飛ばした。
 昨夜、ちゃんと眠れていない花道を寝かしつけたのは自分だ。そして今、自分に眠りを促したのは花道だ。
 病めるときも健やかなるときも。
 この言葉を思い出しながら、流川はぐっすりと眠った。


 
別々で寝た方がグッスリ眠れるだろうになぁ…このラブラブめ!(笑)
指輪を描きたかったのであります。

 

 



2008.11.14 キリコ
  
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