A Place in the Sun
花道にとって、流川はライバルだった。相手との差を確かに感じたし、その上ブランクもある。それでもとにかく追いかける存在だった。
思えば、まともな会話をしたことがない気がする。例えば、将来のことや友人関係のこと、恋愛話ももちろんない。ただバスケットをして、ときには喧嘩をする。それだけの相手だった。
その流川が、10月の半ばに入った頃、花道に声をかけてきた。
「桜木…明日時間あるか」
土曜日の居残り練習の後、一緒にいたくないはずなのに、なんとなく並んで水場に立っていたときだった。
「……へ?」
花道は自分の顔をタオルで拭きながら聞き返した。あまりにも聞き慣れない言葉だったから。
「明日…クツ見に行く」
「……おお…」
「一緒に、行かないか?」
流川の方に振り返ると、すぐに目が合った。特に意気込んでいるようにも、ふざけているようにも見えない。花道は驚きすぎて、すぐに返事ができなかった。
「え……い、いっしょ…」
流川は首を縦に振った。
「あ…うん…」
よくわからないまま、花道は無意識に返事をした。
それから流川が時間や待ち合わせのことなどを話し始めた。一方的な命令ではなく、花道の都合も聞いてきた。花道は、上の空だった。
帰宅してから、花道は改めて思い出してみる。この約束は本当のことなのだろうか。今日はエイプリルフールではないし、流川もやっぱり冗談を言っている様子ではなかった。なぜ仲良くもない自分を誘ったのだろうか。
「わかんねー」
どう考えても答えは出なかった。それでも頷いたからには、花道は流川の秘密を知ろうと決めた。どこで靴を買っているのか、どんな風に選ぶのか。それが強さの秘密になっているかはわからないけれど。
疑問に思いながらも、花道には約束を反故にする気持ちは浮かんでこなかった。待ち合わせ場所の駅には、流川の方が早く立っていた。花道はその姿に気付いても、しばらく声をかけずにいた。流川はじっと一方向を見て、その表情は真剣に見えた。
自分との買い物にそんなに力んでいるのだろうか。それとも花道がただ表情を読み違っているだけか。
花道は一度深呼吸をしてから、流川のそばに立った。
「よぉ」
その声に、流川は勢い良く振り返った。
「…あれ…?」
驚いている様子に、花道は流川が自分の来る方向を勘違いしていたことに気が付いた。花道がそちら側からやってくるだろうと、じっと目線を逸らさずにいたのだろうか。
このとき、花道は流川の新たな一面を見た気がして、心の中で小さく笑った。
「行こうぜ、ルカワ」
「……遅い」
「いやそんなに遅れてねーって」
全く謝る気配のない花道に、流川はため息をついた。呆れた振りをした。
もしかしたら花道はばっくれるかもしれない、と少し覚悟していたのだ。
ほんの数分遅れたけれど、花道はちゃんと来た。本当は安心のため息だった。二人で並んで歩くことも、電車に乗ることも初めてだった。
「いや待てよ…私服って初めて見たかも…」
花道は小声で呟いた。
特別な格好ではない。自分と大差はないのに、花道はマジマジと流川の全身を見た。自分たちのような身長の服は、買うのにも苦労する。流川はどこを利用しているのか、聞いてみようかと思った。
「テメーは…どこで服買ってる」
つり革に掴まった流川が、花道の方を見ずに質問した。全く同じことを考えていたことに驚いて、花道はすぐに答えられなかった。
「え、えとー」
流川は特に花道の返事を期待していたわけではなかった。花道を観察したとき、制服ではない姿がやはり新鮮だと感じた。沈黙に耐えかねて、何か話題を、と思っただけだった。
「オレぁよ、まあ中坊の頃からデカかったから、その辺のお店ではダメでよ」
花道が勢い良く話し始めたので、流川は花道の方に向いた。
一度口を開くと止まらないのか、花道はほとんど相づちもない流川を相手に話し続けた。
「だからよ、洋平たちに付いてきてもらうのも悪ぃから、一人で行くこと多いぜ」
花道が挙げたお店は、流川も行ったことがあった。都会に出ないとないサイズは、何かと面倒ではある。けれど、バスケットをするためには身長はいくらあっても良いと思うのだ。
「あ、降りる駅かな」
その言葉に、流川も顔を上げた。