A Place in the Sun

   

 このスポーツ用品店は、以前晴子と来たところだった。事前に聞いていたけれど、隣にいるのが流川であることが不思議に感じた。流川もあの店長から買っていたのか。
「あ、桜木くん」
 先に入った花道に店長が声をかけた。
「あれ…今日は彼女は一緒じゃないの?」
「お……おお…」
 一人と思われたのか、花道の後ろを確かめた。
「流川くん…いらっしゃい」
 少し離れていた流川が、首を軽く下げる。
 このとき流川は、「彼女」という単語にかなり引っかかっていた。
「…彼女って…」
「ああ、赤木くんの妹さんだよ」
 店長がとても愛想良く話す。流川は無表情のままだったが、花道の方がなぜだか焦った。
「テメー…マネージャーと付き合ってたのか」
「ち、ち、チガウ!」
 こんなに力一杯否定しなくても良かった、と自分で思う。けれど、流川を想う晴子のために、誤解は解いておきたいと思った。
 流川は結局表情を変えないまま、店長と話を始めた。
 しばらく花道は店内をグルグル見て回った。けれど、流川の話はなかなか終わらなかった。
 なぜ靴を選ぶのにそんなに時間がかかるのか。デザインが気に入らないのか。何を見ているのか、花道は流川の隣のしゃがみ込んだ。
 流川はわざわざ試合用の靴下に履き替えていた。バッシュの幅や土踏まずの高さについて話し合い、インソールの相談をしているらしい。
「5本指の靴下も最近よく聞くね」
「……なるほど」
 流川の相づちが、花道にはわからなかった。
「…ルカワ?」
「……なんだ」
「オメー……いっつもそんな時間かけてンのか?」
 流川はバッシュから顔を上げた。
「…そー」
「……なんで?」
「バッシュで…ジャンプ力とか踏ん張りがチガウ」
「……そうなのか?」
「…靴下もな…出来る限りのことをしときたい」
 花道は、流川の淡々とした説明に衝撃を受けた。
 これまでたくさんの人が自分の裸足を注意してきた。困ることもないと思っていたけれど。
 そして、流川の地道な努力はこんなところにもあったのか、と秘訣を教えてもらった気がした。
「へ、へーーー。まあそりゃそーだよな! そうやってもオレの方が飛ぶもんな!」
 確かにジャンプ力はある。けれど、自分もその工夫でもっと飛べるようになるのだろうか。
「…どあほう…」
 やっと納得がいったらしいバッシュを購入した。花道は驚いた顔をなんとか元に戻そうと必死だった。

 流川の目的は、花道が感じたことそのままだった。
 きっと口で言っても素直に聞くとも思えない。先輩や同級生よりも、花道は自分の話を取り入れるだろうと考えた。自分への対抗心で。
 店を出て、流川は花道を振り返った。たぶんさっきの表情だと、近い内に花道は靴下を履く気がする。
「帰るか…」
 こうして一緒に買い物に来たことだけでも奇跡だと流川は思う。
「…ノド乾いた」
 むくれた顔をした花道が、流川を追い抜いた。
「おいルカワ…ファミレス行こうぜ」
「……ファミレス?」
 そんな提案が来るとは思わず、流川はすぐに動けなかった。
 喉が渇いたと言ったのに、結局電車に乗り、地元近くのファミレスに入った。
 週末の夕方はそれなりに混んでいたが、たまたま窓際のソファに座ることができた。
「な…なに飲む…」 
 花道は、突然言葉がうまくでなくなった。
 流川は黙ったままメニューを見ている。こうやって真正面から流川をじっと見たことがあまりない、と驚いたのだ。
「…テメーは?」
 ふと目線を自分に向けられて、花道は目が離せなくなった。
 夕方に近くなった日差しの中で、流川の瞳は思っていたよりも明るく、そして綺麗だった。
「あ……その…」
 結局、コーラとメロンソーダを頼み、流川は肘をついて窓の外を見た。視線の先には海が見える。特別な風景ではない。けれど、お互いに話題が思い浮かばず、視線を合わせないようにしていた。
 真っ黒いと思っていた流川の髪がツヤツヤと光っている。少し俯いた視線のせいか、長い睫毛がはっきりと見えた。
 世の中には、天は二物を与えず、に合わない人もいるものだ、と思う。
 あんなにもバスケットがうまくて、それだけでなく見た目も格好良い。
 花道は少しイライラしながらメロンソーダを飲み干した。
「桜木…」
「えっ!」
 ほとんど何も話さなかった流川が、コーラを飲み終わったあとに花道の方を向いた。
「ちょっと…海いかねぇ」
「お…おう…」
 ほとんど反射的に答えていた。なぜ頷いてしまったのだろう、とすぐに舌打ちした。
 

2014. 4 .1 キリコ
  
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