A Place in the Sun
砂浜に座った流川は、隣の花道の方にも向かず、ただじっと海を見ていた。こんな風に、ぼんやりと止まっている流川を、これまで見たことがない、と花道は目が逸らせなかった。いつもバスケットをしているか、居眠りをしているか、自分と喧嘩をするか。そんなイメージだった。その横顔を観察してみると、眩しいせいか少し目が細められている。睫毛が長いことが横からも確認できた。
なぜ黙ったままなのだろう。
しばらくして花道は沈黙に耐えられなくなり、ポツポツと流川に質問した。
「オメー…いつからバスケやってた?」
流川は花道の方を見ずに、落ち着いた声で答えた。
「そんときにも、背は高かったのか?」
「…いや…そーでもねぇ…けど…」
「……けど?」
「…バスケのビデオ観て、絶対オレもやる、って思った」
意気込んだ声でもないのに、熱いものを感じる。流川の情熱に花道も火傷する気がした。
流川は高校に入学したときにはすでにこんなにも真剣だったのに、自分はどうだっただろうか。
まだ、バスケットを始めてたった半年。しかも早くもブランクがあり、技術もかなり逆戻りしてしまった。バスケットをしたいと心から思い、リハビリに取り組んでいた。
けれど、入部したあたりの自分はどうだっただろうか。今思い出すと、あまりの無知に情けなくなる。なぜ自分でも勉強しなかったのだろう。ルールすら、ろくにわかっていなかった。
「ただボールに触って…シュートしたかったんだな…」
花道は独り言を言った。
バスケットが想像以上に複雑なスポーツで、短い経験の中でものすごくたくさんのことを吸収できた。その何倍もの時間バスケットをしてきた男に、勝てるわけがない、と突然気が付いた。
「バスケットは…」
静かな声だったが、流川が自ら話し始めて、花道は顔を上げた。
「バスケだけじゃねーけど、練習だけではどーにもならねーこともある」
「お…おお…」
「ずっとバスケしてても、NBAに行けるわけじゃない」
「……うん」
花道は、自分でも驚くくらい、茶化さずに聞いていた。
「素質、と言ってしまうのも、努力してるヤツに申し訳ない」
流川は砂浜に座ってから、初めて花道の方を向いた。
「けど…努力だけではどーにもならねーこともある…それが、素質、かもしんねー」
「ん? え…と…なんだって?」
グルグル同じことを言われた気がして、花道はすぐには理解できなかった。
流川はまた海の遠くを見つめた。
「テメーは、安西先生にいろいろ教わるといい」
「……は?」
流川にも、自分が伝えたいことの半分も言えていないことを自覚していた。
花道が素晴らしい素質を持っていること、そしてまだ素材の段階であって、あまりにも知らないことが多すぎると。花道のバスケットに対する真剣さは、戻ってきてからはっきりと感じた。本気でバスケットをしていくなら、と流川は考えたのだ。自分にはない素質をどれほど羨ましいと思っているか、どうやって話せば良いのか、流川にはわからなかった。
自分にもどかしさを感じて、流川は突然立ち上がった。砂を払おうと臀部を叩くと、隣の花道から文句が出た。
「で…オメー、今の話は、それで終わったのか?」
納得いかないらしい花道が、少し苛ついた声を出した。
「…うん」
「…わけわかんねー」
「もう一つ、言っておきたいことがある」
「…あん?」
花道は斜め前あたりに立つ流川を見上げた。逆光まではいかないが、流川の表情は確認できなかった。
それからしばらく流川は口を開かなかった。
一度、花道から視線を逸らしたとき、流川の明るい瞳が見えた。その目が影になるように手のひらを動かして、前髪を一度かき上げた。
「…ルカワ?」
「一度しか言わねー…けど、どーやら間違ってない」
「……なにが?」
流川はまっすぐに立ち、両腕を自分の体の横に落としていた。自然体に見えた。
「オレは…たぶん…桜木がスキだ…」
花道はその言葉をすぐに理解できなかった。合わせたままだった目を流川が閉じて、息を吐いた音が聞こえた。
「……な……なんつった…今…」
おそらく、一度しか言わないと宣言した流川は、それを忠実に守ろうとしているに違いない。花道も、聞き漏らしたわけではなかった。大声ではなかったけれど、囁くような声でもなかった。落ち着いた、はっきりとした告白だった。
「あ…の…」
しばらくして、流川はようやく話し始め、花道のよくわからない言葉を遮った。
「…別に何も変わらねー…テメーが誰と付き合っていてもいい。もし殴りたいならそうしろ」
「……ダレと……なぐる…」
花道にはやはり理解できなかった。
「ちょ、ちょっと待てルカワ…ふつーは…ここで「付き合ってください」とかじゃねーのか?」
勢い良く立ち上がり、花道は流川に詰め寄った。
「……そーか?」
この男は、こんなところでも一般人と違うのだろうか。
「オレは……言っておきたかっただけ…」
「な……なんで…?」
流川は全く目線を逸らせずに、花道の睨みに同じような目をして返した。
「来年の夏が終わったら、オレはアメリカに行く、と決めたからだ」
「えっ…アメリカ…」
「…そー」
一度にいろいろな話題を振られて、花道はパニックになりそうだった。
まずは、流川が自分を好きだという点について。
「ま、ま、まずは…その…お付き合い…から?」
「…は?」
「ふ、ふつーは、手を差し出したりして、オーケーなら握り返してもらえンだ」
「……なんのことだ」
「いーから!手を出せ!」
飲み込めていない流川が動かずにいたので、花道は右手を強引に引っ張った。手のひらに手のひらを合わせてギュッと握る。冷たい手のひらが汗をかいていることに、花道は気がついた。
「よ、ヨロシクな!」
「……なにが?」
手をブンブン振り回されて、流川は眉を寄せていた。
あの花道が、自分の手を握っている。不思議な光景だった。
いったいどうなっているのだろう。
花道は流川の横に立って、自分の右手を左手に入れ替えた。夕日に向かって、ほんの少しだけ手を繋いで歩くことができた。
「…桜木…なにしてる…」
「あ? お、お付き合いしてたら…するだろ、ふつー」
「……人目がある」
流川でもそういうことを気にするのかと花道は笑った。
本当は、花道自身、まだ今の自分たちに付いていけなかった。
いったい、何がどうなっているのだろうか。
「おい…アメリカのドコ行くか、話せよ」
花道は手を離す前に一度ギュッと手を握りしめた。二人ともがよくわからないまま、その日、お付き合いが始まった。