A Place in the Sun
冬の選抜が終わり、三井が引退した。そのしんみりとした雰囲気に花道は馴染めず、無理矢理明るい空気にしようとして、結局からぶっていた。先輩の引退を間近で見るのは、これが初めてだった。
それでも、試合後2日ほど経つと、花道は1月に入ってからの遊園地デートのことで頭がいっぱいになった。
「1日?」
「うん」
「…正月に遊園地?」
「…うん」
「…本気で言ってンのか」
「……うん」
12月半ばの電話での会話を花道は思い出す。流川は日程について何度も確認し、違う日を提案してきた。
「元旦だぞ?」
「…うん」
何と言われようと、花道はその日が良かった。家族で粛々と新年のご挨拶をしているのかもしれない。けれど、その日は流川の誕生日なのだ。これも、いつかの電話で聞いたことだった。
「だいたいやってんのか…」
「…うん」
珍しく電話中に流川の方が話していた。何度思い出しても、花道はついニヤリと顔が笑ってしまう。
そのときの流川も、確かに1月に入ってからと言ったと頷いた。そして、その日に固執する花道の気持ちがわかり、実は胸が熱くなっていた。
とても緩やかに、自分たちはお付き合いしているらしい。
無意識に表情が崩れそうになる自分を、流川は新発見していた。お正月の午後に遊園地に着いた。閑散としているのではと想像していたので、思ったよりも人がいて流川は驚いた。
「今日って元旦だよな…」
「…うん」
元旦に遊ぶ人がいる。そして、遊園地で働く人もいる。よく考えれば、飲食店やコンビニも開いているのだ。神社や寺へ行ったり、家族で着物を着たりするだけではないのだと知った。
「ところでルカワ」
流川は隣の花道の方を向いた。
「これ…」
花道が差し出したのは、黒いサングラスだった。
「…なんだ」
「…つけとけ」
なぜ、と質問する前に、花道は流川の右手を取った。はめられていた手袋を取り、花道の左手で包み込んだ。
「…テメー」
流川の低い声など気にする様子もなく、花道は握り合った手をマフラーでグルグル巻きにした。
「何してやがる」
すでに周囲の人たちも遠巻きに見ている。ただでさえ長身の自分たちは目立つのに、男同士で手を繋いでいたら、どんな噂が立つことか。
「だいじょーぶ」
赤い髪を隠すためか、ポケットに入れていた毛糸の帽子を花道はかぶった。
サングラスや帽子では、全く変装にならないと流川は呆れた。
「罰ゲームでこんなことやってんだ! 見てんじゃねーよ!」
花道の怒鳴るような声に、周囲の人たちが一層遠く離れる。
流川は俯いてサングラスをかけ、ため息をついた。けれど、言葉が出てこなくて、花道の手を力強く握りしめた。しばらくは狭い遊園地の中を歩き回った。こうやって手を繋いで歩くことは、滅多にできることではない。最近、居残りのあと部室でほんの数分手を繋いで話すようになった。それしか出来ないと思っていた。
花道の思いつきや理解できない行動力は、流川を戸惑わせる。これまで見たことのないタイプだった。目が離せなくなったのはいつからだったろう。目線だけで花道を見つめながら、流川は頬を少し動かした。
「ルカワ…なんか乗るか」
「……じゃーアレ」
流川が指さしたのは、お化け屋敷だった。
「あ……アレ…は…止めとこう……な?」
「……テメー、お化けが怖いのか」
「こっ…こ、こわっ…オレ様にコワイものなんてねーよ」
じゃあ、と流川は繋いだ手を引っ張った。花道に逃げ道はなかった。
乗り場の係員の驚いた表情に、また花道が同じような説明をする。人気がないのか、空いていてすぐに乗れた。
「あ…歩くヤツじゃなかったのか」
花道のホッとした声に、流川は追い打ちをかける。
「ここ、歩くお化け屋敷もある。次いこう」
「ええっ」
花道の大声と同時に、トロッコらしき乗り物が動き出す。
苦手なものを発見して、流川は暗い中で俯いて笑った。
仕掛け自体は単純で、あれが倒れてくるだの悲鳴が聞こえてくるんだろうな、と流川には予測がついた。それなのに、花道は一つ一つに驚いて叫び声を上げる。そしてその度に、流川に抱きつくのだ。
「な、なんでテメーはそんなヘーキな顔してるんだ!」
「……テメーこそ、なんでいちいち驚けるんだ…」
「あ、サングラスのせいだな!」
そう言いながら流川のサングラスを奪う。多少暗くなっても、音や空気は遮ることはできず、結局花道は最後まで叫びっぱなしだった。ときどき一瞬明るくなったところで見た流川の表情は、いつも通りの彼だった。花道は、少し負けた気がした。
「次あっち」
「ま、待て待て…その…なんか食べようぜ」
意地の悪い表情をした流川が花道をじっと見つめた。
「…じゃあ、その次な…」
今更嫌だ、ということもできない。けれど、食べている間も、花道は心臓のドキドキが止まらなかった。