A Place in the Sun
食べている間外していた手を、また花道がすぐに繋いだ。まだ罰ゲームとやら終わらなかったのか、と流川は呆れると同時に心が浮き足立った。
2つ目のお化け屋敷も人気がないらしく、並んでいる人はいなかった。園内ではジェットコースターの音と同時に悲鳴も聞こえる。そういう乗り物に人が集中しているのだろうと流川は観察した。
薄暗い中を歩き出してすぐ、花道が自分の肩にしがみついた。
「歩きにくい…」
流川はそう文句を言った。実際は、すぐそばに花道の呼吸を感じて、心拍が飛び切れそうに思っていた。
道は決まっているし、逸れることもできない。花道は流川の右や左へと動き回り、ついには背中に張り付いていた。
「重い」
「…お、オメーがここに入るってゆーから!」
小声で怒鳴りながら、あくまで平気な振りをしようとする。もう今更どんなに取り繕っても無駄なのに、と流川は笑った。
途中、花道が黒いカーテンに気が付いた。
「る、ルカワ…こっちじゃねぇ?」
「…道はこっちだろ」
カーテンの上の方は非常出口のマークがあった。
「出口だろ?」
「……チガウだろ…」
花道は出られると信じて勢い良くカーテンを開けた。薄暗いそこには、互いを抱き合うカップルがいた。
それぞれが悲鳴を上げて、花道は慌てて元の道に戻る。手を引っ張られて、流川も少し早足になった。
「み…見た?」
お化け屋敷を出てから、花道は小声で問うた。
流川は首を縦に振った。すぐそばでキスシーンを見るのは初めてだった。
今更ながら、遊園地にいる人たちはカップルが多いと気が付いた。こんな寒い日には家族連れは少ないらしい。冬休みだけれど、小さな子はいなかった。デートといえば遊園地、と花道が言ったことに、納得がいった。
花道には、流川がどんなときでも無表情にしか見えなかった。自分に告白してきたときさえ。
けれど、手のひらから伝わる驚きや、ぶつかる背中から聞こえる心拍は、隠すことができなかった。
お化けに驚いたのか、カップルなのか、それとも自分が抱きついたからドキドキしていたのか。3番目の理由だといいな、と花道は流川と背中を合わせながら考えていた。
午後から来たせいか、外はだんだん薄暗くなってきていた。
「ルカワ、今度アレ乗ろうぜ」
顔を上げた先に、観覧車が見えた。観覧車ではそれなりに並んだ。並び始めたと同時にまた花道が周囲に説明する。最初は気になっていた視線も、流川はだんだん慣れてきていた。開き直れば、案外平気なものだ、と心の中で笑った。
狭い中で、向かい合って座った。他のカップルのように隣でくっつく、というわけにはいかなかった。それでも二人とも手を離そうとはしていなかった。
頂上が近づいてきたとき、花道は流川を手招きした。
「オイ…ちょっと頭下げろ」
「…なんで」
「いーから早く!」
流川は自分の膝に体重を預け、体をかがめた。その体勢に落ち着いてから花道を見上げると、ものすごく至近距離に花道の顔があった。いつ帽子を脱いだのかも知らなかったが、そのとき花道は流川のサングラスを取った。
夕日の中でお互いの瞳を見ると、どちらもいつもと違う色だと思った。
これはもしかして、と流川がゴクリと唾を飲み込んだとき、花道の唇が流川の頬に触れた。
花道の目尻や頬が少し赤いのがわかる。自分が両目を見開いていることも気が付いていた。けれど、流川はしばらく動くことができなかった。
「これ……やる」
手元を見ないまま、花道が流川の空いている手に何かを乗せた。
その後すぐに、花道は自分の左頬を差し出した。流川にも、花道が何を言いたいのかすぐにわかった。けれど、まだ驚きから戻ってくることができず、ただ車内の揺れを感じていた。
「あーーーーっ」
花道の非難の声に我に返り、流川は体を起こした。
どうやら、観覧車が頂上付近にいるときにしか出来ないことだ、と花道は言いたいらしい。確かに、案外他の車内が見えるものだから。
瞬きも忘れ、自分の手の中のプレゼントを握りしめ、流川は観覧車から降りた。
「これ……なに…」
「……誕生日プレゼント」
地上で少し不機嫌そうな花道に、流川は続けた。
「…覚えてたのか」
「あ…あたりめーだろ!」
それは、バッシュの靴ひもだった。白い紐だけれど、少しラメが入っている。
「これなら目立たねーけど、オレからのだって、わかるだろ?」
少し得意げな表情になり、流川はようやく瞬きを繰り返した。
ラッピングどころか、袋にすら入っていないプレゼントは初めてで、流川は小さく笑った。
きっと、靴ひもと先ほどの頬へのキスがプレゼントなのだろうと、再確認した。
「桜木……お化け屋敷いこう」
「なぬっ! なんで…」
もうすぐ閉園の時間で、もう客も来ないだろうと思っていたお化け屋敷の係員の驚いた表情を横目に、流川は花道を引っ張っていった。
同じ場所で似たような叫び声を上げる花道を引っ張り、流川は先ほどのカップルがいた場所に向かった。
繋いでいない左手で花道の腰を引き寄せて、初めて花道を抱きしめた。驚いていたらしい花道も、しばらくして同じように腕を背中に回した。
花道の肩をギュッと抱きしめて、流川は花道の頬にキスをした。それから閉園の音楽が流れるまで、お互いの肩に頬を当てていた。
流川にとって、思い出深い誕生日になった。