A Place in the Sun
流川は元旦を過ぎると、部活か、それ以外は外のコートに出るようになった。そしてそこには花道もたいてい一緒だった。
ほんの少し甘い空気になったけれど、ボールに触れている間は天敵同士に戻り、遠慮なくぶつかり合う。今でもお互いに手も足も出す。
毎日、花道は流川に敵わない自分を再確認していた。
それでも、これは自分たちにとってデートの一つといってもいいのではないか、と思うと、とても嬉しくて、いつも必死だった。2月に入ってすぐ、花道は流川の予定を聞いた。その年の14日は平日で、それより前の日曜日、という話だった。
「…いーけど…」
「オレん家こいよ」
花道のあまりの気軽な声に、流川は心の中で「え!」と叫んだ。まだ、花道の部屋を訪れたことはなかったから。
「でな、チョコ作ろうぜ」
「……チョコ?」
「もうすぐバレンタインだろ」
「………で?」
「だから、チョコだよ」
「…意味わかんねー」
流川には理解できなかった。先ほどとても浮ついた気持ちになったのが、すぐにフラットに戻ってしまった。
「チョコって…男に関係あんのか?」
贈られた記憶しか、流川にはなかった。
「それだ!そこなんだよ」
「……うるせー大声出すな」
「オレたちが外でチョコ買うわけに行かねーだろ?」
この時期のチョコレート売り場は見たことがないが、女性達が一生懸命選んでいる姿か、もしくは取り合う姿を想像し、流川はため息をついた。
「…だから、男に関係ねーじゃねーか」
「うん、だからな」
自分たちは男同士だから、どちらも女性ではない。何を当たり前のことをと言うと、また花道の反撃に遭う。その日の電話は、なかなか話が進まなかった。
「とにかく!一緒に作ろう!な!」
結局、花道の思考回路がわからないまま、流川はしぶしぶ承諾した。日曜日は部活がないけれど、コートに出たかった、と正直思う。それでも、花道の家に行けることも、少し楽しみだった。最寄り駅で花道の出迎えを受けて、流川は自転車を降りた。そこから並んで歩いて向かう。この辺りが花道の地元なのか、と思うけれど、景色を堪能する気持ちの余裕はなかった。
「いったん家帰る」
どういうことなのか、またわからないまま、とりあえず花道に付いて歩いた。
玄関で人の気配をうかがうと、静かなことに気が付いた。挨拶をしようとした流川は、花道に促されるまま台所に立った。
「…家族は…」
「ああ、今いねーよ……でな」
花道は何やら雑誌を開いていた。
「これがたぶん簡単そーで……って聞いてるか?」
流川はぼんやりしたままだった。表面上はそう見えていた。
けれど内心、家の中に二人きり、という状況に驚いて、すぐ自分を取り戻すことができなかった。
「だからな、買い物いこう」
「…ああ…うん」
どういう話にまとまったのか、何を買いに行くのかわからないまま、流川はまた靴を履いた。
花道と二人でスーパーに行く。そのことが現実と思えなかった。まず、自分自身がスーパーに買い物に行くことがない。それなのに、花道に命じられるままに買い物かごを持って、人とぶつからないように歩く。まるで一緒に暮らしているような錯覚に陥り、流川は自分の想像力に驚いていた。
花道が見ていた雑誌は図書館で借りたものだった。この時期によく残っていた、と花道が笑った。
「女の子って手作りしたり、一生懸命だな」
「……そーなのか?」
「オメー…チョコもらったことない…ってこたぁねーよな」
おそらく流川はたくさん受け取ってきたはずだ。見れば、市販品か手作りか、わかっただろうに。
「まあ…スーパーとかコンビニにも可愛いチョコがいっぱい売ってるくらいだし、イベントなんだろうな」
そう言う花道もそのイベントに乗っかろうとしているではないか。流川はその言葉を飲み込んだ。
「桜木…ゆせんってなんだ」
「あぁ? 知らねーよ」
「……湯煎しろって書いてある」
流川がじっと見ていた雑誌に、花道も顔を近づけた。ほんの少しお互いの髪が触れあった。
「まあ…しなくても何とかなるんじゃねーの」
「……どあほう…」
作るならば、きちんと完成させたい。流川は電話を借りて、家にかけた。
予定より時間をかけて、形成まで済んだ。あとは冷えて固まるまでになったとき、二人ともがため息をついた。
「こんな……結構タイヘンだな…」
流川もその言葉には同意した。これまで何の意識も向けなかったことに、かすかに罪悪感を覚えた。
「さて…できたかな」
「……まだだ……どあほう」
レシピの通りに進めようとする流川の反応が面白くて、花道はわざと手を出した。想像通り、手をぴしゃりと叩かれて、花道は悪態をついた。
「雑誌のさ…難しい方っていうか、ケーキとか、チョコのデコレーションとか、すげーよな」
「……こんなん作れるのか?」
「…まあ…そのためのレシピなんだろ?」
最も簡単なチョコレートの作り方でさえ、こんなにも疲労した。
それでも、二人で何かを作ることが、とても楽しかった。
「ルカワ…あーんしろ」
そう言って、まだ早いと言われたチョコレートを、花道は摘んだ。
「はぁ?」
持ち上げられて崩れたそれを、流川は眉を寄せて見つめた。一度、花道に目線を移すと、からかうような、恥ずかしがるような、そんな表情をしていた。
無理矢理こんなことをしなくても、十分それらしい雰囲気だと思うのに。
流川は目を閉じて、花道の指ごと口の中に入れた。
「オメー、食べ過ぎだ」
指を引っ込めながら、花道がクスクス笑う。
こんなことの何が楽しいのだろうか、と思うのに、流川は胸がときめいた。
自分も同じようにするべきなのか。いやきっとその前に、花道から来るだろうと思った。
「ルカワ、オレにも」
あーんと言いながら、口を大きく開ける。これがバレンタインの空気なのだろうか。なんとなく、動物を餌付けしているような気になった。
流川は、まだ早いのに、と思いながら、一緒に作ったチョコレートを取って、花道の口を目指した。