A Place in the Sun
出来上がったチョコレートを抱えて、流川は初めて花道の部屋に入った。乱暴なイメージだけれど、部屋の中は思っていたより片づいていた。
「まー座れよ」
キョロキョロとする流川に落ち着かなくて、花道は丁寧に促した。桜木軍団はもっと散らかっている部屋でも平気だし、自由にしている。一応お付き合いしている相手を招くために、花道は昨夜掃除をした。
壁にもたれて、小さなテレビ画面に向かった。花道がすぐにバスケットのビデオを入れたからだ。そして、二人の間にお皿を置いて、ゆっくりと食べた。
一本目のビデオが終わったあと、流川はふと疑問を持った。
「チョコって…バレンタインじゃなかったのか?」
もう半分以上食べてしまった。14日に贈り合う、と花道は言っていたけれど。
「うん……そう思ってたけど…まあ食っちまったし」
一緒に食べるなら、それでいいか、ということなのだろう。
ビデオを巻き戻している間に、花道がまた流川の口元にチョコレートを運ぶ。未だに慣れなくて、流川はギュッと眉を寄せる。少し嫌そうな顔をして食べているようにしか、花道には見えなかった。
「オメーはチョコ、キライか?」
「……そーでもねー…けど、こんなには食べない」
「…ふーん」
花道がにやついている、と思ったら、その顔がそのまま自分に向かってくる。また頬にキスされて、一瞬チョコレートの甘い匂いがした。
二人きりの部屋の中でそれはまずい、と流川が思った瞬間、鼻から垂れたことを感じた。
「鼻血…」
「えっオメー、ダイジョブか?」
まさか流川が鼻血を出すとは思わず、花道は慌ててティッシュを渡した。
二人ともこの手の怪我や流血には慣れていて、対処も早く、流川は鼻を押さえてじっとしていた。
「…食べ過ぎた…」
隣の花道は何も言わなかった。
しばらくして流川がティッシュを取り、手のひらで血が乾いたことを確認し始めた。
「…ついてる?」
流川の鼻の下あたりに、うっすら血の跡が見えた。そんな姿になっていてさえ、格好いい男は様になる気がした。
「うん…ついてる」
花道がその血の場所に手をゆっくり伸ばし、撫でた。すでに乾いていたそれは、拭っても取れなかった。
もう近づかないで欲しい、というのが、そのときの流川の本心だった。
けれど、流川の思惑とは逆に、花道は自分に一層近づいた。そして、それは頬ではなく、まっすぐ向かってきていた。
「桜木…」
後ずさりをしようとしたが、背中には壁があった。
流川がギュッと目を閉じたとき、玄関のベルが鳴った。至近距離で目を合わせて、そのときは瞬時にお互いを理解し合った、と二人とも思った。
気をそがれた花道が怒りながら玄関へ向かう。部屋に一人になって、流川は大きく深呼吸をした。
急に騒がしくなって、流川にも誰が来たかわかった。
「おおルカワだ…ホントにいたぜ」
花道の部屋に入るなり、いきなりそんなことを言われた。流川は、もう止まっている鼻を押さえている振りをしていた。
「なんでオメーら…ルカワのこと知ってンだ」
花道のその言葉に、本人が話したわけではないことがわかった。
「花道とルカワがあのスーパーにいたって、噂になってたぜ」
「なんだと」
なるほど、と流川は頷く。花道はこの辺りでは有名人だろうし、もしかしたら自分もそうなのかもしれない。犬猿の仲だと、誰もが思っているならば、不思議な光景だっただろう。
実は、お正月の遊園地についても、噂に上ったことがあった。当人たちは知らなかったし、確認する勇気がある人たちもいなかった。花道が罰ゲームと言っていた、ということも、彼らを知る人たちからすれば納得がいった。けれど、いったい何の罰ゲームだろうか、と桜木軍団は驚いていた。
そこにきて、今日の噂だ。すぐに桜木軍団の耳に入り、花道の部屋に確認に訪れた。
「で、オメーら、何してんの?」
台所の散らかり具合から、いろいろ想像がついた。流川の隣にはチョコレートの乗ったお皿があり、そして鼻血を出しているのである。もうすぐバレンタインだし。
「チョコ…作る…練習…」
返答に困っていた花道に代わり、流川が思いついたまま単語を並べた。
「練習?」
「そ、そーなんだよ!なぁルカワ」
突然花道が大声を出して、またそれが嘘であると桜木軍団にばれる。
「お、お、オメーらも食うか?」
花道は少し残っていたチョコレートを桜木軍団に差し出した。
その姿に、流川はかなり苛ついた。なぜなのか自分でもうまく説明できないけれど、一緒に作ったチョコレートを、桜木軍団にあまりにも簡単に上げてしまう花道に、腹が立った。
その日、花道と自分の温度差を、初めて感じた。