A Place in the Sun

   

 隣の花道が寝入ったのが、その呼吸でわかった。
 流川が自分の目頭が熱くなってきたことに驚いて、指で押さえた。
 やはり、何かが違う、と感じる。
 思えば、花道とお付き合いとなっても、未だに好きと言われたこともない。花道が何を考えいているのか、流川にはわからなかった。
 おめでとうと言えて、キスをした。初めて人に歌を歌い、花道にお礼を言われた。そのことで流川の頭の中は埋め尽くされ、胸はとても熱くなる。嬉しいけれど、胸の一部ではなぜか悲鳴を上げていた。そして、下半身は別物のように苦しくなっている。自分の体が3つくらいに引き裂かれている気がした。
 花道は、自分の好きを理解していない、とようやくわかった。
 今更トイレに行くこともできず、静まる気配のない分身を持て余し、流川はその夜、かなりの時間眠ることができなかった。

 朝早く、花道は目覚めた。台所では母親が動いている気配がする。ふとんの隣を見ると、流川が首だけあちらに向けて眠っていた。
「寝ギツネめ」
 昨日も同じセリフを言った。花道は、流川が隣で眠っていることが見慣れないもので、不思議な気持ちだった。
 花道は起きあがり、台所で母親と少し話した。仕事に出るのを見送ってから部屋に戻っても、流川は動いていなかった。
 流川のそばに座り、花道はじっとその顔を見つめた。
 目を閉じていると、睫毛が長いことがわかりやすい。サラサラの黒髪が割れて、いつもは見えない額が出ている。ほんの少し髭が濃くなっている気がした。
 ふと、花道は流川に張り付こうと思い、ふとんの中に滑り込んだ。体の下に左腕を入れると、気配を感じたのか、流川が体ごと横向きになった。右腕を体の上から回し、手のひらを胸に合わせた。柔らかさのかけらもない、ごく普通の男の胸だと思った。
 流川の首筋に頬を当てて、そこからと胸から聞こえる心音を確かめる。とてもゆっくりしていて、落ち着いていた。これがいつもの流川の脈拍だと思うと、また顔がニヤリと笑った。
 少し首を伸ばして、耳のそばに口を近づけた。ここはきっと、誰もがくすぐったいはずだ。一度目は何の反応もなかったけれど、二度目で流川の首が縮んだ。
 まだ目覚めなかったので、花道は右手を流川の下半身に滑らせた。流川でも朝立ちするのだろうか。自分のことを考えてオナニーしたりするのか。花道の想像通りの分身に、指で触れた。服の上からでもはっきりとわかる。今度は少し力強く擦ると、すぐ近くで「ん…」という吐息が聞こえ、花道の方が驚いた。次に、親指と他の指で挟むと、流川は首を仰け反らせた。
「は…あ…」
 これはやりすぎだろうか。そう思いながら、花道はまた流川の耳元に息をかけた。
 ギュッと目を閉じた流川が、今度はゆっくりと目を開けた。右側だけだが、かなり近い距離で、花道はその表情をじっと見ていた。
「桜木?」
 ギョッとした顔に、花道はまた意地の悪い気持ちが浮かんでくる。
 流川の心拍がデートのとき以上に跳ね始めて、花道は自分の想像が正しかったことを知った。
「起きたか?」
 花道がニヤニヤ笑いながら聞くと、流川は勢い良くふとんから逃げた。
 部屋から飛び出していった流川の気配を、花道はじっとうかがった。トイレに行くのかと思ったら、洗面所の音しか聞こえない。落ち着くのを待つのか、と花道は流川の下半身を思い出していた。

 着替えた流川と一緒に朝食を食べようとすると、流川は帰ると言う。母親が用意した、というと、仕方なく席に着いた。
 気まずく思うのは自分だけではない、と花道はホッとする。
 無言のまま食べ終えて、今度こそ流川は自分の荷物を取り上げた。
「あ…」
「…え?」
 玄関に向かっていた流川が、廊下で立ち止まった。
 鞄の中から青い袋を取りだして、花道に差し出した。
「…これ…やる…」
「え…これってプレゼント?」
 流川は首を縦に振った。
 花道が贈った靴ひもと違い、青い袋にシルバーのリボンがついている。きちんとラッピングされていた。
「…じゃあ…」
 流川はそれ以上何も言わず、花道の家から出ていった。
 廊下でプレゼントを開けた花道が、中身が靴下とタオルだったことに小さく笑った。自分もそうだけれど、実用的なものがいいという考えは同じだと感じた。たぶんあのスポーツ用品店で購入したのだろうけど、このラッピングは流川が自らしたのだろうか。そう思うと、袋もリボンもやはりとても貴重に感じた。

 その日の夜、流川が自分の部屋に閉じこもっているとき、花道から電話と呼ばれた。今日は土曜日ではないのに、と驚く。そしてできれば、あまり話したくない気持ちだった。家に戻ってから何度も花道の唇や指を思い出して、堪らなかった。
「…もしもし」
「あ、ルカワ?」
「……水戸たちは?」
「ああ…帰った」
 花道のいつも通りの声に、流川も少しずつ冷静になっていった。
「あのな、言い忘れたことがあって」
「………なんだ…」
 流川はゴクッと唾を飲み込んで、身構えた。
「今日ってエイプリルフールだろ」
「…うん」
「でな、オレ毎年あいつらにウソつかれてて、わかってるのに騙されるんだ」
 花道が桜木軍団の話をすることは珍しくはない。けれど、今日だけは聞くことが辛いと感じた。
「今日もな、何かと言われて……アイツらなりのお祝いかもしんねーけど」
 確かに花道は単純だ。騙しやすいと流川でも思う。とても慕われていると思うけれど、あの中で花道はいじられキャラなのだろう。
 流川はほとんど相づちも打たなかったけれど、花道は話し続けた。
「だからかな…オレ、この日だけはウソつかねーの」
「……へー」
 いつも嘘をついているわけではないけれど、人を騙したりからかったりすることは平気そうに見えたのに。
「自分の誕生日くらい正直にってな」
 そう言いながら笑ったので、流川も笑顔を作った。
「だからな、ウソじゃねーぞ」
「……なにが?」
「オレな、ルカワのことスキだ」
 驚いて、流川は呼吸が止まった気がした。
 確認しようと受話器を持ち直したら、すでにツーツーという音しか聞こえなかった。
 気持ちが舞い上がったり落ち込んだり、また次に浮上させられる。心臓の音が聞こえる気がした。
 受話器を置くことも忘れて、流川はまた目頭を押さえた。

 

2014. 4. 1 キリコ
  
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途中の後書き〜w