A Place in the Sun

   

 夏休みに入り、バスケ部の合宿が決まった。その年の合宿に、花道は参加することができた。
 いつもと同じ顔ぶれだけれど、見たこともない風景に溶け込んでいく。昨年のインターハイのときも知らない場所だったけれど、試合前の高揚感が先に立っていた。高校の修学旅行はまだだけれど、きっとそれもこんな感じなのだろうと花道は期待した。古い合宿所や、見たこともない対戦相手に、花道はワクワクし通しだった。
「テメー、はしゃぎすぎ」
 宮城や彩子にも言われ、そして流川が低い声で言う。無表情のままだけれど、少し笑われた気がした。
「おお……合宿っていつもこんな感じか?」
「…うん…たぶん」
「へーー」
 素直に感心した花道に、流川は首を傾げた。
「ルカワ…ちょっと出ようぜ」
「……は?」
 そろそろ就寝時間だった。何がどう割り振られたのかわからないが、同じ部屋なのだからわざわざ外出しなくても、と流川はため息をつく。
「桑田たちもいるだろ」
 そう言いながら、花道は流川の手首を引っ張った。

 田舎すぎるということもなかったけれど、日頃自分たちのいる街とは違う。山を背景に、草むらがたくさんあった。
「海の音がない」
 珍しく流川がポツリと呟いた。花道も感じた違和感がそれだった、とそのとき気が付いた。海沿いに住んでいるわけではないけれど、毎日海を近くに感じているのが当たり前だった。
 花道がキョロキョロと歩く理由が、流川もすぐにわかった。外だぞ、と文句を言おうと思うけれど、心臓がドキドキして体が期待している気がした。
 2つの巨体が入る暗がりで、花道は流川の手を取った。それを自分の右手に持ち替えて、左手は流川の背中に沿わせた。黙ったままの背中から聞こえる心拍が早鐘を打っていた。
 花道から見て、流川がキスに積極的な日とそうでない日があった。未だに戸惑っているのだろうか。そしてその夜は、嫌がらない方の日らしかった。
 何度かキスをして離れて、と繰り返してから、流川が小さく怒る。
「…外だぞ」
 それでも、そう言いながら花道に体を預けている。なんだパフォーマンスなのか、と花道は笑った。
 頬に添えていた右手を、はっきり勃起している流川自身に運ぶ。手のひらに収まる肩がビクッと大きく跳ねた。流川はいつでもキスだけで激しく興奮している。それを横目で確かめていた。口では言わないけれど、体で好きだと表現されている気がする。花道は自分の両腕に力を込めた。
 逃げ場のない流川から、抑えるような吐息が聞こえる。至近距離でその息を感じ、花道はつい耳元に息を吹きかける。「ん」という声が聞こえると、花道も「よし」と自分に花丸をつけた。
 まもなく流川が射精し、少し始末に困ることに気が付いた。けれどすぐに、流川の下腹部についたそれを隠すように、ジャージをはき直した。まだ拭ってないのに、という気持ちしか、花道には浮かんでこなかった。
 しばらくして流川が花道自身に手を伸ばす。けれど花道は、その手を自分のてのひらに閉じこめた。
「その…ティッシュとかねーし…後で自分でスル」
 自分でもおかしなことを言っている気がした。流川に触れられることが嫌ではなく、むしろ新しい感触で気持ちいいはずなのに。流川には外ですることを強要して、自分は戸惑っているのだろうか。だから、半勃ちなのか。
 花道の言葉をどう受け取ったのか、流川がゆっくりと手を引いた。花道の手の中から出ていくとき、急に手の温度が低くなった気がした。今は真夏で、涼しい山の中といっても、暑いはずなのに。

 

 インターハイの間、流川はいつも通りに見えた。花道も全力を出せた。チームメイトも誰もが頑張っていた。それでも、2回戦で敗退した。
 負けることに花道は未だに慣れなくて、その消化の仕方に苦労する。シーン毎にいろいろと思い出しては、壁などを殴りたくなるくらい腹が立った。チームメイトにではなく、花道自身のふがいなさに。
 そういえば、流川はどうやって平静に戻るのだろうか。いつも負け試合の後も淡々として見える。それでも、内心は嵐のように吹き荒れているはずだ。あの男は表情に出ないだけ、と花道はよくわかっているつもりだった。
「日本一になれなかったじゃねーか」
 流川のせいではないけれど。一年前、流川はそう言っていたではないか。日本一に導く選手になると。
 そして、自分はどうなのだろう。成長しているけれど、それはどのレベルなのか。どの程度流川に追いついているのだろうか。全日本に選ばれるか、自分もアメリカに行くくらいになれただろうか。
 インターハイで全国の選手を見ていると、ほんの少し自信をなくす。昨年ほど無邪気に自分の能力を過信できなくなっていた。冷静に、実力を客観視できる。まだまだ流川に敵わない、と花道は俯いた。

 そういえばもうすぐ流川はアメリカに出発する。その前に会っておきたいと花道は顔を上げた。ちょうどインターハイでは決勝戦が行われている日だった。
 受話器を取り上げようとしたとき、電話が大きな音を立てた。
「うわっ」
 驚いて電話口でそう呟く。慌てて「桜木」とだけ言い繕った。
「…桜木?」
 電話の向こうでも戸惑っているようだった。流川に電話しようとしたら、かかってきた。同時に同じことを考えたようで、花道は嬉しかった。
「ルカワ…」
 インターハイから帰ってきてから、お互いに一度も連絡を取っていなかった。
 それは、流川からのお誘いだった。今日は誰もいないから来ないか、と。
「…すぐ行く」
 その後の流川の言葉も聞かず、花道はすぐに受話器を置いた。
 初めて流川からお呼ばれした。家まで送ったことはあったけれど、流川の部屋はどんな感じなのだろうか。
 花道は大急ぎで着替えて飛び出した。

 

2014. 4. 22 キリコ
  
SDトップ  NEXT