A Place in the Sun
以前から思っていたけれど、流川の家はしっかりした一軒家だ。車庫も自転車置き場もある。アパート暮らしの自分とずいぶん違うものだと思う。
玄関で出迎えた流川は、Tシャツにスウェットだった。見慣れた格好だけど、いる場所が違うだけで新鮮に思う。
「お…おジャマします…」
玄関で花道が小声で呟く。驚いたらしい流川が振り返ると、花道がペットボトルのお茶を差し出した。
「みやげ…かな」
2リットルのお茶でも、二人で飲めばすぐに無くなるだろう。そんなことを考えながら、花道はそれを手土産に買ってきていた。
「ああ…どうも」
恭しく流川が受け取ったので、花道は苦笑した。
部屋の中はかなり整理されている、と花道は感じた。意外と綺麗好きなのかと思ってすぐ、もうすぐ引っ越すことを思い出した。
「コップ取ってくる」
流川が出ていって、花道は遠慮無く部屋を見回した。エアコンの効いた部屋が涼しくて、ホッとする。小さなテレビとビデオがあって、その下に並んだビデオはきっとバスケットのものなのだろうと想像した。机と小さなテーブル、ベッドはごく一般的だろうと思う。けれど、壁にバスケットのリングがあるところが流川らしい、と花道は笑った。
戻ってきた流川がお茶を注ぐ。花道は一気に飲み干して、今度は自分で注いだ。
「オメー……もうすぐ出発だよな」
「……そー」
花道はベッドの近くの壁にもたれていた。少し距離を置いて流川も壁にもたれている。
チラリと横目で流川の表情を伺うが、いつも以上に無表情な気がするだけで、読めなかった。
「あのさ…遠距離っつーと、やっぱり手紙かな」
花道はここに来るまでにそんなことを考えていた。国際電話がいくらかかるのかわからないけれど、毎週電話できる料金ではないことは想像がついた。
「……まぁ…一般的には…」
流川らしくない言い方に驚いて、花道は流川に顔を向けた。
その気配を感じたせいか、流川がコップをテーブルに置いて、花道の方に向いてあぐらをかいた。
その顔がとても真剣で、少し眉が寄っている。さすがの花道もおかしい空気を感じ取った。
「……ルカワ?」
「…桜木」
ほとんど同時に呼び合って、また少し沈黙が流れた。一度俯いた流川だが、すぐに顔を上げてまた花道の目をまっすぐに見つめた。
「桜木…もう…止めよう」
なんとなく、そのような言葉が出てくる気がした。それでも花道は、戸惑いを隠せなかった。
「はぁ?……ど、どーいうことだ…」
「…オレたちが付き合ってたなら……もう別れよう」
別れる、という言葉よりも、付き合っていたなら、という表現に花道は腹が立った。
「な、なんだよいきなり! ちゃんと付き合ってたじゃねーか!」
「……うん…そーかな…」
流川が目線を逸らしたので、ますます苛立った。
「だ、だいたいなんで……お、オレのことキライになった…ってことか」
荒かった語気が途中から弱々しくなって、流川は目を閉じた。
「チガウ」
「……じゃ…じゃあなんで…その、遠距離だっていーじゃねーか…」
流川は少し前進して、花道に触れるだけのキスをした。
「なっ…なんだオメーは! 言ってることとやってることが…」
花道の頭の中は混乱し始めた。
「確かにテメーは…オレのことキライじゃねーと思う。こんなことが出来るくらいだからな」
至近距離で見つめられて、花道は動揺した。流川からキスをし始めたのは、これが初めてだったから。
「けど、テメーのスキとオレのはチガウ」
「…ど……どーいうことだ……」
言い終わる前に、流川は花道の脇を抱えてベッドに押し倒した。右腕を流川の左腕に上げて押さえられ、残った腕が花道の胸に当てられる。状況を理解する前に、流川が噛みつくようなキスをした。これまでの触れ合うだけのものではなく、口腔内に舌が入り込み、花道を蹂躙する。驚いて目を閉じることもできなかった。
流川の唇が首から胸、すぐに下の方に移動する。もう手も離されているのに、花道は動けなかった。ジーンズのジッパーの音が遠くに聞こえ、何の反応もなかった自分自身が熱い口腔内に収められた。
「うわっ」
快感よりも、驚きの声しか出なかった。それでも、知らなかった強烈な感触に、花道は目を閉じた。
ほどなく流川の中に射精して、花道は恐ろしい余韻を味わった。目尻に涙が浮かんでいるのは、気持ちよさからだろうか。理不尽な目に遭っている気がするのに、なぜ体は言うことを聞かないのか。
流川がティッシュの中に吐きだしていることに気が付いて、花道は羞恥心でいっぱいになった。いったいこの男はなんてことをしてくれたのだろうか。
花道は、流川をかなり本気で殴った。
顔をあらぬ方に向けたまま、流川は黙っていた。カウンターも来ないことが、今までの自分たちと違うのだと感じさせた。
「お…オメー…こんな…」
花道はじわじわと涙が浮かんでくることに気が付いた。殴った手の痛みよりも、胸の方が苦しい。
「オレは…間違ってた」
あまりにも落ち着いた声が聞こえて、花道は思わず身を乗り出した。
ゆっくりとこちらに顔を向けた流川の口元からは、血が流れていた。それを拭おうともせず、流川はじっと花道を強い眼差しで見つめた。
「抱きたい、キスして、全部オレのものにする…それが好き…だとオレは思う」
「……え……」
「だから、言っておきたかっただけ……は、おかしい」
花道は何も言えず、ただ呆然と見つめ返した。
「桜木……テメーのはそーじゃねーだろ…恋に恋してるようにオレには見える」
花道には苦しそうな声に聞こえた。けれど、まだパニックから戻って来ていなかった。
「お…オメーは……オレのこと…そんな風に見てたンか…」
流川はやっと血が出ているところを手で拭った。それでも、花道から視線を逸らせなかった。
「そんな…オメー…それって…」
花道は勢い良く立ち上がり、未だ外に解放されたままだった分身を慌てて仕舞った。
「オメーおかしー、絶対アタマおかしー。気持ち悪ぃ」
低い声で苦々しい声が出た。もっと怒鳴るかと自分で思ったけれど。
花道は大急ぎで流川の部屋を出た。流川の家さえ見たくない気がして、走って駅を目指した。