A Place in the Sun

   

 流川は中途半端な姿勢のまま、花道が階段を降りる音や玄関が勢い良く閉まる音を聞いていた。
 今日は、こうなることを想定して花道を呼んだ。花道を襲う予定はなかったけれど。
 花道が持ってきたお茶を大量に注ぎ、流川は勢い良く飲んだ。それから、ベッドに顔を乗せた。
 目を閉じると、かすかに花道の匂いがした。自分のベッドに花道の匂いがつく。そんな日が来るとは思わなかった。そして、もう二度と来ないのだと、強く感じた。
「…どあほう…」
 流川は自分に向けて、そんな言葉を呟いた。また目頭が熱くなってきて指で押さえる。自分で終わらせたことなのだから、泣く必要もなく、またその権利もないと思う。けれど、抑えようとしても、勝手に涙が浮かんできた。
 こんなにも花道が好きだ。
 花道のことを考えると、胸が熱くなる。心臓がドキドキする。バスケットとは違う興奮があった。
 自分はゲイだったのだろうか、とか、そういうことすら考えることもなく、自然と自分の気持ちを認めた。
「言わなきゃ良かったか…?」
 昨年、突然告白した。そんな予定はなかったけれど、一緒に行動した花道が思っていたよりも優しくて、心地よかった。
 あのとき、すぐに殴られて振られていたら、こんな気持ちだったのだろうか。
 きっと今ほどのショックは受けない気がした。
「…好きだ…」
 いったい花道のどこが好きなのか、自分でもわからない。けれど、ただ好きなのだ。できれば、独占して、いつでも最優先して欲しい。誰にも触れさせたくない。閉じこめたくはないけれど、近づくものは許さない。そう思うくらい、好きだった。
 そろそろ10ヶ月になるが、お付き合いできただけでも幸せなのだろうか。流川にはわからない。順番に思い出していくと、ついクスッと笑いたくなるような、穏やかな時間が多い。周囲に誰かがいると、犬猿の仲のフリをしたけれど。
 本当はもっと早く別れを言い出したかった。たぶん花道がスキだと言ったあたりから。
 けれど、ずるい自分は少しでも長く一緒にいたかった。別れたいと言いながら、ずいぶん矛盾しているなとおかしく思う。8月にアメリカに出発するのだから、そこで終わればいいと決めた。
 黙ったままアメリカからフェイドアウトということも考えたけれど、それよりはきっぱり別れた方がいいと決心した。想像通りの言葉だったとはいえ、さすがに傷ついた。
「気持ちわりーって…」
 花道の言う通り、自分は思った以上に粘着質な気がした。もっとドライかと思ったのに。
 これまで恋愛経験もないので、これが恋の当たり前なのかもわからない。けれど男なら、相手を抱きたいと思うのは自然の流れな気がした。花道は、何度思い返しても、そうではなかったように思う。
「恋愛ゴッコ」
 を楽しんでいただけに思える。振られ続けていたらしい花道が、やってみたかったことを順番に。
 ずっと前から違和感を感じて、ちゃんと気付いていた。それでも、一日でも長く花道と一緒にいたかった。
 思い出があるのも辛いかもしれない。けれど、楽しい記憶は確かにある。理屈はよくわからないけれど、一つの恋をきちんと終わらせないと、次へ進めないのではないかと本能で感じた。
「桜木…お別れだ」
 そう呟いて、流川は今度は涙が流れるままに任せた。


 流川がアメリカに旅立つ日を花道は知っていた。そして、その日が過ぎると、花道は突然暴れ出した。バスケットマンになってから喧嘩は控えていたはずなのに、と桜木軍団は驚く。理由はわからないけれど、その方法でしか発散できないらしいものを感じ、滅多に花道を止めなかった。
「ルカワがアメリカ行ったから、シットか? 花道」
 桜木軍団の軽口に、花道はものすごい形相で睨んだ。誰も怯みはしなかったけれど、どうやら「ルカワ」が禁句なことだけはわかった。
 バスケ部は花道が主将になった。表面上はいつもと変わらない花道だったが、誰の目にも大人しいと感じるものがあった。花道が喧嘩を吹っかけるのは、流川だけだったから。
 一人で居残りしていても、花道はつい後ろを振り返る。いるはずのない相手を想像した自分自身に腹が立った。
「せーせーする!」
 口ではそう言いながらも、どうしても寂しさが拭えなかった。
 また振られた。しかも、花道には納得できない理由で。
「オレのせーだってのか…」
 流川の口調はそう責めていた気がする。
「ちゃんとスキって言ったじゃねーか…」
 未だに流川を思い出すとイライラする。けれど、寂しくて、苦しくて、悲しくて、それでも誰にも相談もできず、花道はずっと落ち込んだままだった。
 
 

別れちゃいました…

2014. 4. 22 キリコ
  
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