A Place in the Sun
花道は2年生の秋に初めて女の子と付き合い始めた。今ではファンレターらしきものももらう立場になっていたけれど、お付き合いの告白は流川以外に受けたことはなかったのだ。晴子以外の女の子と付き合うことに、桜木軍団はかなり戸惑った。よく知らない初対面の後輩の言葉に、花道は即答した。
県大会から試合を観ていたらしく、そのときからファンだったと説明され、花道は舞い上がった。その場には、湘北バスケ部で一番格好いい流川がいたのだ。それでも自分の方が選ばれたと思うと、彼に勝った気がした。
1ヶ月経っても、手も繋がなかった。デートもまだしたことがない。練習試合が重なり、冬の選抜に向けて忙しい時期でもあった。週に一度の電話では少ないと言われ、平日は居残りだからと花道は言い訳する。そして、最も聞きたくない言葉を言われて、花道は肩を落とした。
「バスケットと私とどっちが大事なの?!」
そんな文章は漫画かドラマの中だけだと思っていた。
結局すぐに花道は振られた。花道にはよくわからない理由で。
それほどショックも受けないまま、わかったと答えた。
校内で一緒に歩いていて周囲に騒がれたり、お昼ご飯を食べるところを目立つところで食べたがったり。そういえば一度、廊下で腕を組んだことがあった、と花道は思い出した。
別れたそばから、花道は彼女と自分を重ね合わせた。自分たちにとって、付き合う相手は一種のブランドだったのかもしれない。湘北中で知らない人はいないだろう流川、日本中のバスケットプレイヤーならきっとその名を知っていただろう彼を、花道は自慢したかった。そして、彼女も似たようなことを言っていた。
「私が桜木先輩の初めての彼女なのよ」
有名人と付き合い、「初めて」という単語に惹かれる。とても似た人種だったのだろうと思う。
そして、花道は一度もその彼女を抱きたいと思わなかった。
「ルカワのウソつき」
そう呟いて、花道は居残り練習に励んだ。本当は、全く相手のことを見ていなかった自分への反省だった。
それから一年以上過ぎ、高校3年生のお正月に、花道は桜木軍団を家に呼んだ。もうすぐ卒業を控えていて、これまでの高校生活の懐かしい思い出話に花を咲かせる。どう頑張っても湘北は日本一にはなれなかった。インターハイにも出場することが出来なくて悔しい、と花道は一度だけ呟いた。流川がいなければ駄目なのだろうか、と落ち込んだ。
「そういえば、ルカワって元気でやってるのかな」
彼らはこれまでも、ごく当たり前のように流川の話題を出した。その度に不機嫌になる花道だったが、その方がかえって不自然なことに花道自身気付いていなかった。
「誰にも返事が返ってこねーんだってな」
「手紙とか書くタイプには見えねーもんな」
花道は、ぼんやりと流川のことを思い出し、その日は初めて怒らなかった。
「ルカワは……」
静かに話し出した花道に、全員が注目した。俯いたまま、ボソボソと語り出した。
「ルカワは、今日誕生日なんだ」
「…へー…元旦生まれなんだ」
「…覚えやすいな」
2年前のお正月に、初めてデートした。流川の誕生日に合わせて、遊園地に出かけた。
「ルカワは……オレと付き合ってたンだ」
「…へー」
全員がたいして驚いていなかったことにも、花道は気付かなかった。
「…けど、アメリカ行く前に、フラれちまった…」
花道が大きく息を吐いて目を閉じた。ようやく気持ちに整理がついたのか、と桜木軍団は見守った。
「オレ…ちゃんとスキだったンだぞ…」
「…たとえば、どーいうところが?」
「うーん……」
腕組みをしながら花道は考え込んだ。
「アイツ…腹立つけどカッコイイ。ものすごく瞳がキレーだ」
あの夕日の中で見た瞳に、自分は吸い込まれた気がする。
「まあ顔が好みってわけでもねーけど…。ケンカっぱやいけど、優しい。たぶん優しいと思う。オレがして欲しいことお願いしたら、いろいろ叶えてくれた。誕生日プレゼントもらった。あ、そういえばネコがスキみてーで、遊園地とかどっかでも見かけたらすぐ声かけてやがった。オレがいないときもやってて、オレは影から見てた。なんか礼儀正しくて畏まってる感じだけど、自然体だ。オレがいっぱい話しても、結構黙って聞いてて…寝てるンかと思ったら、そーでもなくて、ちゃんと聞いてくれてた…バスケのこともたくさん話してくれた…」
勢い良く、思いつくままに花道は話し続けた。
「チョコ作ったときも、レシピ通りじゃねーとってアタマ堅いっつーか、マジメなのかな」
目を閉じてそのときの様子を思い浮かべているらしい花道が、クスッと笑った。
それからいくつか他愛もないエピソードを話した花道は、一層俯いて黙ってしまった。
こうして言葉にしてみて、改めて自分が気が付くのだ。こんなにも流川が好きだったことに。今すぐ抱きたいかと聞かれれば、それはよくわからない。けれど、自分の腕の中で震えていた流川がとても愛しいと思う。もう、触れることもできない。失ったものの大きさに愕然とした。
「花道…オメーなんでルカワの近くにいかねーんだ」
「そうそう、せっかくアメリカ行くのによ」
「まあ…フラれた相手に会いにくいか」
励まされているのか、からかわれているのか。そんな表現をする桜木軍団が、花道には大事だった。
「ルカワと同じことしてたら、追いつかねー」
花道が、ようやく顔を上げた。笑顔が戻っていたことに、全員がホッとした。
「まあ…いつか倒さなきゃなんねーけどよ」
「…花道…オメー、ホントに倒せるのか?」
「ぎゃふんって云わせるンだろ」
「…できるのかー?」
またふざけた物言いに、今度は花道らしく頭突きで応戦した。
「ホントにスキだったら…ちゃんとそう伝えねーとな、花道」
頭突きから逃げた洋平が笑う。そして、言葉を続けた。
「ルカワ! 誕生日おめでとう!」
ジュースの入ったグラスを上げて、乾杯をした。出遅れた花道は、ただぼんやりと見ていただけだった。
そういえば自分は誕生日の歌を歌わなかった。一年前も今も、流川はそばにはいない。いつか歌える日が来るだろうか。流川が自分に心を込めてくれたように。
その日、花道は桜木軍団の存在に、心から感謝した。