A Place in the Sun

   

 アメリカに渡ってから一年半、花道はただがむしゃらにバスケットをしてきた。言葉が不自由だったため、コミュニケーションにも苦労した。どうにか馴染んできたと思ったら、チームメイトが消えていったりもする。あっさりとクビと言い渡される状況を何度も見た。必死でついていかないと、明日は我が身だ、と花道は何度も汗をかいた。
 多少話す相手はいても、友人はいなかった。けれど、それほど遠くないところの大学に山王の沢北がいて、何度か会った。
「まさか赤頭が来るとはなー」
 彼は以前とあまり変わらなかった。環境の変化に強いタイプなのか、それとももうこちらに溶け込んでいるのか。
「で、まさか今更大学に行くとはなー」
 今日は、二人だけの送別会だった。
「流川のいる大学だろ?」
「…うん」
「でも、今からだったら、大学入るより、こっから上を目指した方が…」
 それも周囲から何度も言われた。チームの上の方からそう言われたので、花道はそれなりに戦力として認められていたのかもしれない。そのチームの2軍から、ついに1軍へ上がることができなかったけれど。
「こっちで流川と対戦したことないけど、強くなったかな」
「……まあ…キツネだからな」
「…なんだそりゃ」
 沢北はよく笑った。日本語で会話できる数少ない友人だった。
 ようやく自分の中で何かの区切りがついて、流川に会おうと思うことが出来た。それは、バスケットに対する自信がついたということでもあり、流川への想いがはっきりしたことでもあった。花道自身、言葉でうまく説明することができないことだった。
 沢北がいたおかげで、こちらでずいぶん助けられたと思う。
「小坊主。サンキュ」
「……小坊主って何だ」
 何度も同じ会話をしながら笑い合った。拳をぶつけあって、別れを告げた。

 花道は19歳の夏にアメリカの大学に入学した。西海岸の有名なその大学に、なんとしても入りたくて必死だった。そこに、流川がいるからだ。彼はもうすぐ3年生になるはずだった。
 これまでいた街とずいぶん違う雰囲気に、花道は驚いた。
「アメリカは広いなー」
 強い紫外線を感じて、花道は目を閉じた。バスが海のそばを通ったとき、海の音だ、と呟いた。日本のものとは少し違う波に、花道は視線を向けた。
 あまりにも敷地が広くて、花道は迷子になりそうだった。それでも今ではかなり英語も上達し、人に道を聞くことも怖くなかった。
 この近くのどこかに流川はいるはずだった。そう思うと、花道はドキドキした。
「何年ぶりだ…」
 ずいぶん長い時間が経ったように感じていたけれど、それでもたった3年だった。
 3年前の夏、花道は流川に振られた。それから会ってもいないし、連絡も取っていなかった。
 流川がどんな対応をするのか、花道には想像がつかない。最後の流川があまりにも痛々しかった。あんな彼は、あのときしか見ていない。いつでもクールな男が、とても情熱的だった、と今なら思えた。

 バスケット部は、1〜3軍それぞれ別の体育館を使用していた。流川が2軍にいると知っていたし、もし自分が違う軍に入ったら、なかなか会えないと心配していた。けれど、希望通り、花道は2軍だった。もしかしたら、本来は落ち込むべきところなのかもしれない。それでも、今の花道は1軍よりも、流川と同じところに入りたかった。
 とても人数が多くて、花道は本当に試合に出られるのか不安になってきた。5人に選ばれるには、どうしたらいいのだろう。体育館でそわそわしながらも、冷静に考えていた。
 花道は、視界の中に見覚えのある黒い髪を見つけて、心臓がキュッと音を立てた。
「ルカワ…」
 口の中で名前を呟く。本物の流川だ、と花道が目を離すことができなかった。
 しばらくして、流川が自分を見つけたらしく、こちらに驚いた表情を向けていた。
「う、うわ…どうしよ」
 花道はあちこちから汗が噴き出した。流川が勢い良く自分に向かって歩いてきたからだ。
 目の前に立たれて、花道は表情一つ動かすことができないまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「…桜木?」
 ごく普通の声で呼びかけられて、花道は戸惑った。
「テメー……沢北の方にいたんじゃねーのか」
「……うん…大学はこっちにした…」
 アメリカの狭い日本人の世界の情報は、それなりに通じ合っている。誰がどこの大学に、チームにいるか、それぞれが把握していた。
 流川がクスッと笑いながら、花道の肩あたりを叩いた。
「入学してすぐ2軍とか、生意気だなテメー…オレは3軍だったぞ」
 そう言いながら、流川は踵を返して、彼の学年の元に戻っていった。
 あまりにも爽やかな対応をされて、花道は困り果てて、なかなか自分を取り戻せなかった。


再会しました〜
小坊主って合ってますかね…


2014. 4. 30 キリコ
  
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