A Place in the Sun
流川は近くにいる。確かに会える距離にいるはずなのに、部活以外ではなかなか顔を見ることができなかった。同じ寮にいるけれど、別の階なのですれ違うこともない。会いに行くにはとても勇気がいったけれど、会って話さなければここに来た意味がない、と花道は決心した。
流川のいる階で、花道はしばらくキョロキョロしていた。部屋をノックしても不在だったため、帰りを待つことにしたのだ。もう10月に入り、流川が初めて告白してくれた月だと花道は思い出していた。
しばらくして、角を曲がってきた流川が、体を仰け反らせて止まった。
「ルカワ…そんなビックリしなくても…」
「……廊下で巨体がいたら誰でも構える」
このフロアは全員巨体だと思うけれど。花道は首を傾げながら、話しかけた。
「あの…ルカワ…ちょっと話が…」
「……今?」
「…うん」
「……ここで、できる話か?」
廊下で立ち話を提案されたのだろうか。花道は首を横に振った。
「オレはあんまり部屋に入れない主義なんだがな」
ため息をつきながら、流川が部屋の鍵を開けた。
流川の部屋は片づいていた。引っ越し前だから、というだけではなかったと知った。
「オメーって……案外几帳面だな…」
「……案外って何だ」
流川が小さく笑った。こんな風に、ごく普通に会話ができると思わなかった。
「で…?」
流川はベッドに座り、花道は入ってすぐの場所に立ったままだった。
「うっとうしいから座れ、どあほう」
言い方はなんとなく気に入らないけれど、懐かしい呼び名に嬉しくなった。流川と目を合わせたかったので、真正面に椅子を運んできた。
「あの……昔のこと…謝ろうと思って…」
「……謝る?」
「オレ…オメーにひどいこと言った……思いっきり殴った」
首を傾げていた流川がため息をついたので、花道は背筋が伸びた。
「オレの記憶だと……テメーはオレが湘北にいる間、ずっとそーだった」
「………あれ?」
「すぐ殴るし、悪態ばっかりつきやがって」
「そ……そーだった……かな?」
花道は天井を見上げて、慌てている自分を隠そうとした。
「まーいい…別に今更謝ってくれなくても、オレは気にしてねー」
「あの……そーじゃなくて、オレ…オメーの部屋で…」
これまでの流川の口調だと、まるで付き合ったこと自体が花道の妄想だったのかと思うほど、流川は何の気構えもないように見えた。
「ああ…」
花道が沈黙すると、流川が唇の端で笑ったのが見えた。
「別れを切り出したのはオレの方だぞ…なんでテメーが謝る」
また背筋が伸びた花道を見つめながら、流川はサラッと言った。やはり、妄想ではない。自分たちはちゃんとお付き合いしていた。まるで完璧に忘れられたのかと思うくらいの自然体だったけれど、流川は覚えていた。ただ、もう過去のこと、と割り切っているのだろうか。
「うん……オレがフラれたのか…」
花道の呟きに、流川は何も言わなかった。
「で、テメーはそれが言いたかっただけか?」
「あ……うん…あの、オメーの彼女っていう人のこと聞きたいと思って…」
流川が驚いた表情をしたので、沢北から聞いたことを説明した。沢北は有名大学の1軍にいて、流川と直接対戦することはなかったけれど、試合で会うことはあった。
「美人の彼女が試合に来てたって…沢北が怒ってた…」
「……なんでアイツが怒るんだ」
苦笑した流川がなかなか答えないことに、花道は貧乏揺すりを始めた。
「あの…今でも…」
「たぶん…メルのこと言ってんだと思うけど」
「……メル?」
「メラニー……別れたけど」
「え……なんで……高校からずっと付き合ってたって…」
流川が大きなため息をついた。
「なんで全部説明しなきゃなんねー。何が聞きたいんだテメーは」
「……あの…オレ…」
質問しておきながら、流川は花道の言葉を遮った。
「今は違うヤツと付き合ってるから」
花道が勢い良く顔を上げて、流川の方が視線を逸らせた。
「……マジか…」
「…こんなウソつかねーだろ、ふつー」
流川の表情がとても冷たくて、花道は立ち上がった。その可能性も考えていたけれど、想像以上にショックを受けた。
ドアを開けながら、花道は一度立ち止まった。
「ルカワ…オレな……今更だけど…オメーのこと、ホントにスキだ」
振り返って、ちゃんと目を合わせることが出来た。流川は無表情のままだった。
「……サンキュ」
とても軽い返事に、花道は悔し涙が出そうになった。