A Place in the Sun
花道は一晩はとても落ち込んだ。仕方のないことなのだ、と思う。けれど、心のどこかで期待していたと気が付いた。たくさんの想像の中で、泣いて喜んでくれる流川もいた。実際の彼は、そんなことはしないと思いながらも。
そして、しばらく観察してみて、流川の相手が男だということに気が付いた。あまり話しかけないでおこうと決めていたけれど、これだけは確認しておきたかった。
「ルカワ…オメー……どっちなんだ」
「……なにが?」
「その…男がいいのか…女の人がいいのか…」
「ああ……」
また流川が苦笑したので、なぜ何度も笑われるのか、花道は考えた。
「女の方がいい」
「……そーなのか?」
「けど……」
「………けど?」
少し躊躇った表情を花道はじっと見つめた。
「その…妊娠騒ぎがあって……それ以来女は避けてる」
「………にんしん……」
「あのセリフは怖いな……「遅れてるの」」
「……ルカワ…」
「結局ただ遅れてるだけだった…一応責任取るつもりだったけど…コンドームも完璧じゃねーし」
花道が驚いた表情のまま固まったので、流川は少し声を落とした。
「こんな話…することじゃねーな…」
気を遣われたのだろうか。流川らしくない言い方に、花道は慌てて手を振った。
「あ、いや…その、オレは………じゃーな…」
明るく振る舞ってみても、花道は肩を落として歩いた。予想以上に深いことを聞いてしまい、かえってショックを受けることになった。
流川はもう大人の付き合いをしていた。自分以外の人と。女性とも、男性とも。
「うがあああああああ!」
花道は広い体育館で叫び声を上げた。嫉妬で細胞が埋め尽くされた気がした。
できるだけ話しかけずにいようと思うけれど、花道は定期的に流川の部屋を訪れた。以前話していた通り、部屋に彼を呼んではいないらしい。ノックしていないときは、花道は廊下で待っていた。
12月に入ってすぐのその日も、花道は廊下にいた。以前のようにシャワーかもしれないけれど、朝帰りということもあり得る。具体的に想像すると胸が痛くなるので、深く考えないよう努力した。しばらくして流川が来たけれど、俯き加減の様子がおかしくて、花道は駆け寄った。
「ルカワ?」
ビクッと驚いて、流川はまた体を仰け反らせた。毎回そこまでビックリしなくても、と思うけれど、今日は花道の方が驚いた。
「ど、どした…その顔…」
明らかに殴られた顔だった。口元から血が流れて、少し腫れ始めている。足取りはしっかりしているので、体はダメージを受けていないように見えた。
「うるせー…帰れ、どあほう」
「いや…その手当て…」
「…自分でできる」
そう言われても、花道は強引に流川の部屋に入った。タオルを濡らし口元を拭くと、痛いと文句が出た。以前花道が流川を殴ったときも、こんな顔だったなと思い出した。
「その……ケンカしたのか?」
「……ケンカじゃねー」
冷やす用のタオルを用意すると、流川は素直に受け取って頬に当てた。
「…じゃあ……か、彼氏に殴られたのか…?」
じっと目を見つめたまま、流川は返事をしなかった。
「な……なんてヤツだ…」
「……オメーも人のこと言えねー」
少し表情が軟らかくなった。
「その……わ…別れ話のもつれ…とか?」
「……それはテメーだ」
「あ……うん…」
「まあ……そーいうことなんだろうな…」
横を向きながら、流川は大きなため息をついた。
「男も……メンドーだな…」
「……そーなのか?」
その男と付き合い始めたとき、アナルだけは駄目だと約束していた。けれど、その約束が破られそうになり、強く抵抗したら殴られた。そのことを、流川は花道に説明する気にはならなかった。
しばらく二人とも黙ったままでいた。
「その…ルカワ…オレはもう殴らねーぞ」
「……ほう」
「オレは…過去にオメーが何人と付き合ってようと、オメーがスキだ」
「……まだ諦めてなかったのか…」
流川は逸らしていた目線を合わせた。
「…どーやったら…真剣さが伝わるかな…」
「……さーな」
流川がまた苦笑した。アメリカにいる流川は、以前よりも本当に表情がよく変わった。
「けど……あんまり考えられねーな…また桜木と…」
「…オメー…オレのことキライか?」
強い視線を投げられて、流川は負けじと視線を返した。ほんの数秒、自分の胸に問うた。
「…キライではない……」
けれど、信用できなかった。恋愛面においては。
トラウマとまではいわないが、流川はどこか恋愛に恐怖があった。何人かと付き合ってきたし、セックスもした。けれど、心からのめり込むことはできなかった。
「オレは…昔、幸せだった気がする」
「……えっ?」
「…頬にキスされただけであんなに舞い上がった。そんな気持ち、今は誰にも持つことができない」
昔を懐かしんでいるようでいて、今は誰も好きになれない、と言われた気がした。
花道はタオルを冷やし直して渡し、流川の部屋を出た。