A Place in the Sun
「ココで長いキスはおかしいだろ」
まだ笑いながら、流川が花道の顔を押し返した。花道は両腕を回そうとしていたところを止められて、諦めて立ち上がった。無言のまま流川の腕を引っ張り、持っていたグラスを取り上げた。
「…なに…」
流川の疑問にも答えず、花道は勢い良く歩き出した。ふらつく流川をかかえるように、会場を出た。
「こ、ココじゃなきゃいーんだろ…」
花道の呟きは、流川には聞こえなかった。
それほど強い力で腕を掴んでいるわけではないのに、流川は抗いはしなかった。少し小走りになったことに抗議する声が小さく聞こえただけだった。
花道の部屋のある階を目指してエレベーターに揺られている間、花道は流川の肩をギュッと掴んだ。自分の肩に流川の頭がある。心臓がドキドキして、伝わってしまう気がした。
古いエレベーターのガクンという音とともに、流川が俯いた。それほど気にせず歩き始めたとき、流川が小声で訴えた。
「…桜木…」
ここまで来て拒否されるのかと花道はビクッとして止まった。けれど、肩口からは別の言葉が出てきた。
「……吐きそう…」
「ええっ!」
手のひらで口元を抑えていた。先ほどまで赤みかかっていた顔が、確かに青白い。
「あ、その…ちょっとガマンしろ」
大急ぎで花道はトイレに引っ張っていった。そのときにまた「揺するな」と小さな声で抗議があったけれど、花道は気付かなかった。
新年早々何をやっているのだろう、と二人ともが思った。流川が苦しそうな声で吐いていた間、花道は顔を逸らしながらも流川の背中を撫で続けた。大きくて温かい手のひらを背中に感じ、流川は吐く毎に楽になっていく自分を省みていた。
お酒はそれほど強くはない。けれど、これまで吐いたことはなかった。今日も決して酒量を間違えたわけではない。緊張が酔いを強くすることを、流川は実感した。花道がずっと隣にいることに、こんなにも神経がすり減ることに驚いた。それなのに、自然なフリをしなければならない。その反動だな、と自分で思う。同じように過去に付き合っていた女性のことは、何とも思わなかったのに。先ほどのキスで、未だに花道に捕らわれている自分に気が付いた。洗面所で何度もうがいをする流川を、花道はじっと見ていた。ほんの少し甘い雰囲気になったけれど、それが途切れてしまった。もう一度誘うことができるのだろうか。
気が済んだのか、流川がペーパーで顔全体を拭き始めた。それを丸めてきちんとゴミ箱に捨てる。そんなところを、花道はじっと観察していた。
「だ…ダイジョブか…?」
「……うん…」
ほんの2メートルほどの距離を、お互いがどうすることもできなかった。
しばらくして流川が出口に向かって歩き出し、花道の横を通り抜けようとした。その腕を、花道は反射的に掴んだ。流川の体が跳ねるように驚いて、花道まで驚き返した。
「あ…その……む、麦茶…あるけど…」
「……麦茶?」
その肘を花道に預けたまま、流川は振り返った。
花道は流川に近づいて、反対の手で流川の腰を引き寄せた。奥の大きい鏡に自分たちの姿が映っている。流川がじっとしたままの様子もはっきりと見えた。
抱き寄せることにも大変な勇気がいったが、キスをする決心をしたとき、流川の手のひらが花道の口を押さえた。
もうキスの時間は終わったのだろうか。
けれど、流川は笑っていた。
「テメー……ゲロったばかりの口によくできるな…」
流川のその手を取って、自分の指と絡めた。もう一度キスをしても、流川は逃げなかった。
目を閉じる少し前に自分たちのラブシーンを鏡で確認して、花道は舞い上がった。