A Place in the Sun
花道が呼吸を整えている間に、流川は自分の衣服を整え始めた。部屋に戻ってしまう、と花道は焦り、再びその腕を掴んだ。
「…なに…」
振り返った流川の問いにうまく答えられず、花道は流川を引っ張った。狭いベッドで並んで倒れ、花道は流川の肩をギュッと抱いた。
流川は何も言わなかったけれど、クスッと笑ったのが花道には聞こえた。
肩から腕を何度か撫でて、花道はギュッと目を瞑った。
「は…」
その一言の後、花道は沈黙してしまった。
「……は?」
花道の胸に頬を当てていた流川が顔を上げたことを感じた。花道は一度深呼吸をした。
「は……ハ、ハッピバースディ トゥ ユー」
その歌に、流川は目を見開いた。
「ハッピバースディ ディア……か、かえ…でー」
名前の部分だけ躊躇いながら、そしてとても小さな声だった。以前、自分に強要しておきながら、その態度はなんだ、と流川は思った。
歌の最後まで、流川は黙ったまま聞いていた。
花道はギュッと腕に力を込めて、流川は「痛い」とだけ反発した。
「もう…歌うチャンスないと思ってた…」
花道が流川の頭頂部に唇を当てたらしいことがわかった。流川は目を閉じて、そのまま体を花道に預けた。こうしてベッドで二人きりで眠るのは初めてだな、と花道はしばらく起きていた。流川の規則正しい呼吸が心地よく感じる。これは夢ではなく現実なのだ、と花道は流川の肩に置いた指に力を込めて確認した。
果たしてお付き合いが再開できたのか、という疑問には、花道には明確な答えが出せなかった。流川は、ずっと断り続けていたと思う。はっきり「ノー」と言われたわけでもなく、無視されるわけでもない。今夜のこれは、どのように解釈したらいいのだろうか。
「いま相手がいねーから」
そう言われそうで、花道は流川に問う勇気が出なかった。ならば、花道が流川にまとわりついていたら、流川は誰とも出会わずに済むだろうか。そして、たまにこうして一緒にいることができるのか。
「…うーん」
ある意味幸せな時間ではあるけれど、お付き合いではない状態はきっと自分を苦しめるだけだろうと思う。触れたいという思いはあるけれど、流川の気持ちがはっきりするまで手を出さないでおこうと決めた。
「とかいって……ガマンできるかな…」
昨日までの自分なら、出来ただろうけれど。
「はぁ…まいったまいった」
新年のキスだけは何としても来年も死守しよう。一年後のそのことだけは、はっきりと言い切ることができた。流川は暑いと感じて目が覚めた。冬でもそれほど寒くはないが、朝晩はそれなりに冷える。けれど、今朝はずいぶん温かいな、と驚いた。
焦点が合ってくると、すぐそばに自分のではない大きな手のひらがあって、背中にはまるで湯たんぽかと思うような体がくっついていた。そういえば腕枕で寝かされて、寝返りを打ったのかと思い至った。
この手のひらは花道だ。顔を確認しなくても、また昨夜のことがなくても、流川は花道の手を良く覚えている。突然頬が熱くなって、流川は目を閉じた。心音が伝わることを恐れて、慌ててベッドから降りた。
その動きで、花道がモゾモゾと動き、言葉にならない単語を呟いている。もうすぐお昼だった。ずいぶん寝たものだ、と流川は時計を疑った。
「…ルカワ?」
顔を撫でていた流川は、次に衣服の皺を伸ばした。
「…帰る」
「えっ」
花道が勢いよく上半身を起こした。
「あ、の…ルカワ…今日は…」
「……これから用事あるから」
鏡に向かって答える流川の横顔を、花道はじっと見つめた。
「その……デート?」
「……まだデートじゃねーけど」
はっきりと答えてくれるのは嬉しいけれど、オブラートに包まれない言葉に朝から傷ついた。流川が気に入れば、明日からはデートになるのだろう。
ただ、意中の人を誘うのに、誕生日というのは絶好の機会だと、花道にも理解できた。もっと早くに打診しておくべきだったか。それでも、断られそうな気がした。
前の彼も知らないけれど、今度は誰が流川を狙っているのか、非常に気になった。けれど、流川は自分と過ごすよりも、その人との約束を守ろうとしている。
「…じゃー」
一応花道と目を合わせたけれど、もうキスする雰囲気ではなかった。甘い夜は、夜だけのこと、ということなのだろうか。
花道はもう一度ベッドに倒れ込んだ。
日付が変わる頃に一緒にいることと、誕生日当日にいることと、どちらが幸せだろうか。
以前、花道は似たような状況を流川に対してしてしまったことに気が付いた。
やはり、高校生の花道は、流川にひどいことをしていた。流川が怒るのも無理はないとため息をついた。今の自分のモヤモヤした気持ちを、16歳の流川に味合わせてしまった。
嫌ってはいなかった。確かに好きだった。けれど、優先順位は低かった。今の花道なら、どんな約束があっても、流川に誘われたら何とか都合を合わせたいと行動するだろうと思う。
やっぱり、昔に戻るのは難しいことだと感じる。けれど、新たな関係は結べるのではないか、と花道はまだ心の中で期待した。
花道は、部屋の天井に向かって、独り言を言った。
「ルカワ…誕生日おめでと」
その日、流川は20歳になった。