A Place in the Sun

   

 それからしばらくの間はシーズン中ということもあり、お互い忙しかった。花道はバスケットに集中しながらも、夜やオフの日には何かと流川に話しかけた。ほとんどが短い時間だった。流川が誰と付き合っているのかもわからなかった。けれど、花道にも少しずつ流川の様子がわかるようになり、うまくいっているらしいときと、喧嘩したのだろうなと感じるときが、見えるようになった。ときどき「スキだ」と言ってみるけれど、相変わらず綺麗にスルーされていた。花道としては、告白し続けて、自分に惚れてもらうよう努力するしかなかった。
「…どーすりゃいいんだ…」
 正直なところ、以前の流川が自分のどこが好きだったのかがわからなかった。今でも花道は性格が良いとは思わないが、高校生の頃はもっと自分中心で、特に流川には遠慮なく接していた。殴る蹴るの喧嘩もよくしたし、悪口を直接本人に言ってみたり、騙してみたり。
「オレ……イイとこねーな…」
 人に自慢できるものもなかった。夢中になったバスケットも、流川には未だに敵わない。
「うん……まあそれでもバスケしかねーか」
 バスケットで肩を並べるようになれれば、少しは認めてもらえるだろうか。
「いや追い抜いて、ぎゃふんだよな」
 昔、そう誓ったことを思い出した。

 2月に入ってしばらくした頃、花道はバレンタインのことを思い出していた。他愛もないことだけれど、花道はチョコレートを作った日にちを覚えていた。
「なつかしーなー」
 これまでは、全く思い出したりしなかったのに。今年に限って、なぜだろう。
 明日はオフだし、流川のところに行ってみようと立ち上がった。
 ドアの前まで来たときに、外からノックの音が聞こえた。すぐに花道がドアを開けたので、ノックした流川がとても驚いた表情をしていた。
「…ルカワ?」
 流川が自ら花道のところへ来るのは、これが初めてだった。
「……今いいか?」
「あ……うん…」
 流川が花道の横を通り過ぎたとき、少しアルコールの匂いがした。そして、手には新しいお酒を持っていた。
「ルカワ? 飲んでンのか?」
「……ヤケ酒とかいうヤツ」
 そう言いながら椅子に座った。狭い部屋では、花道はベッドに座るしかなくなった。
 思わず流川の顔を確かめた。今回は殴るような相手ではなかったのだろうか。とりあえず、どうやら別れたらしいことが花道にもわかった。
 花道は小さく笑って流川のお酒を取り上げた。
「付き合うぜ、ルカワ」
 少し酔った目線で、流川は花道を見上げた。
 自分に流川への想いがなくて、二人の過去がなかったら、まるで親友同士のようだ、と思う。
 けれど、ほんの少しお酒を飲んだ流川が、花道に抱きついた。またアルコールのせいで体が熱く、心拍も速い。その背中に腕を回しながらも、花道は戸惑った。
「ルカワ……あんま落ち込むな…」
 当たり障りのない言葉をかけて、花道は必死で理性を保とうとしていた。けれど、流川は最初からそのつもりだったのか、いきなり花道に深いキスをした。
 しばらくゆっくりとキスをしてから、花道は流川に話しかけた。
「もうさ…オレにしとけば?」
「……どあほう…」
 それだけ言って、流川はベッドに向かった。どうやら今夜もスルーするつもりだけれど、したい、ということらしい。花道はゴクリと唾を飲み込みながらも、まだ躊躇いがあった。

 流川の肩を抱きながら眠るのは何回目だろうか。まだ2回目けれど、早くも違和感がなくなっている気がした。それでも、花道はその夜もなかなか寝付けなかった。
 高校生の頃、人生で最も性欲が強いはずだったその時期に、流川が自分に手を出さないようにしていたことが、ようやくわかった。好きな相手とキスしたら、止まらなくなる。まして、それがベッドの上なら、尚更だった。
「ガマンさせてたンかなー」
 花道は何度もキスを迫った記憶がある。してみたかった、という好奇心だったと自分で思う。流川はいつも逃げていた。キスが嫌なのかと腹が立ったけれど。
 こんな風に過去の自分を振り返ることなどないと思っていた。 
 それでも、流川と出会ってから、知らなかった自分に気付けたと思う。元々負けず嫌いだったし、我が侭だった。桜木軍団といつも楽しく仲良く過ごしていた。けれど、流川には対抗心が最初からあって、晴子のことよりも、バスケットで敵わないことが何よりも苦しくて、追いかけることに必死だった。自信家な自分をへし曲げるような遠慮のない言葉や喧嘩、それでもいつでも流川は自分を引き上げてくれていた気がする。
「もっかいスキって言ってくんねーかな…」
 恋愛面で、こんなにも諦めの悪い自分を知った。遅ればせながら本当に好きだ、と伝えたい。だから、気まぐれは勘弁して欲しいと思う。それでも断れないのは、男の性なのか、自分が弱いからか。
「…ルカワはどっちだった?」
 自分がしたことをされてから、花道はようやくいろいろなことに気付いた。もしかして流川の復讐なのだろうか。そう思うと、それさえも貴重なものに思えた。
「オレって…マゾだったンかな…」
 花道は独り言を言いながら、ゆっくりと眠りに落ちた。

 次の朝、花道は流川より早く起きようと意識していた。明るい中で流川の寝顔をじっと見つめる。整った顔でも、ごく普通の男のものだ。親指で頬を撫でると、少しザリッと音がした。
 長い睫毛が少し震えて、ゆっくりと瞼が開いた。その様子を、花道は至近距離で見つめ続けていた。
「…はよ」
 目線が合うと、流川は目を見開いてから飛び起きた。そんなに慌てて逃げられると、なんとなく残念に思う。やっぱり夜は夜だけ、なのだろうか。
「…頭イテー…」
 流川の呟きがおかしくて、花道は小さく笑った。弱いなら飲まなければいいのに。
「ルカワあのさ…」
 ベッドから距離を取ってから流川は振り返った。
「まだ先だけど、3月31日にさ、泊まりにこねー?」
「……31日?」
 すぐに日付が理解できなくて、流川は目を閉じた。ああ、また前日の夜なのか、とため息をついた。
「………まあ…予定なかったら…」
「だーかーらー、オレの予定入れといて」
「………わかった…」
「でな、次の日は練習あるから、その後ご飯食べに行かねー?」
 思いがけない誘いに、流川は驚いた。
「……メシ?」
「うん…いつものカフェテリアじゃなくて、外に食べに行きたい」
 流川はどう返事をしたものか悩み、自分の後頭部を無意識に触った。
「…その…誕生日パーティとかあるんじゃねぇ」
「うん…だから、先に予定入れとく」
 わかった、と流川が返事をすると、花道は枕を抱いて喜んだ。その様子があまりにも楽しそうで、流川は戸惑った。
 流川は自分の誕生日を覚えてくれていた。そして、出かける約束ができたのだ。

2014. 5. 14 キリコ
  
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