A Place in the Sun

 

 それから一年後の4月、流川は2軍からもクビを言い渡された。ものすごく悔しくて、けれど、すぐに次のシーズンをどうするか考えなければならず、落ち込んでいる暇はなかった。
 それから間もなく、西海岸のチームから声をかけられた。まさか日本人の自分を誘うチームがあるとは思わず、流川はかなり驚いた。同じマイナーリーグだけれど、今までいたチームより格下だった。
「1軍…?」
 なぜクビを切られた自分を1軍に、と不思議に思う。それでも、住み慣れた場所のチームであり、契約金にもそれほど不満はなく、ごく当たり前の逡巡をしてみせて、契約した。
 同じ頃、花道は大学卒業を控えていて、忙しいと連絡が来ていた。しばらく前に寮から引っ越しをしたらしく、住所が安定するまでは電話だけにする、と言っていた。卒業後の進路も、流川は自分からは聞かなかった。
 それから夏の間、流川はアルバイトやボランティアに参加し、バスケットの研修も受けた。それがこれからの糧になると思ったから。結局、流川自身がアメリカ中を回っていたため、花道と連絡が取れなくなっていた。新しいチームに合流するために、花道もまた引っ越しているかもしれない。そうなると、どうやって連絡を取り合えば良いのか、流川にはわからなかった。
 またチームで落ち着いたら何とかしよう。流川は明るい気持ちで西海岸に向かった。

 車に大量の荷物を入れたまま、流川は体育館に着いた。久しぶりにスーツを着て、こちらの熱さに参りそうだった。それでも、この紫外線を懐かしいと思うくらい、長く住んでいたところだった。知ったエリアに入ると、以前あったお店が変わっていたり、花道と入った日本食のお店を横目で確かめたりもした。
「2年か…」
 およそ2年離れていただけだけれど、帰ってきた気持ちになった。
 契約自体は事務的で、自分を積極的に招くようチームに進言してくれたコーチが日系人だということに少し納得がいった。流川のことを大学にいた頃から目を付けていたという。けれど、そのときはまだ強く薦められるほど力がなかった、と語った。それがコーチ自身のことだけではなく、流川本人の実力が足りなかった、という意味だと理解した。
『他に何か質問は?』
『あの、寮を申請していたんですが…』
 流川の契約書の中に、その記載がなかった。
『……あれ?』
 コーチの驚いた表情に、流川も戸惑った。
『ルームシェアする、って聞いてたけど…』
 そんな話はこれっぽっちも出してない、と流川はムッとした。ここは冷静に話し合って、すぐに寮の手続きをしなければ、と考えた。
『ちょっと待って』
 アメリカ人らしいしぐさで指を一本立てて、コーチはどこかへ電話をかけた。
 電話を切ってすぐにドアに向かう。流川には何の説明もされず、ただ彼を目で追った。
『入っていいぞ』
 コーチが招き入れたのは、坊主頭の花道だった。

 流川は椅子から少し立ち上がり、中腰のまま動けなくなった。こんなにも目が開くのか、というくらい、自分が驚いていることがわかる。コーチが何やら説明している動きが、スローモーションのように見えた。目の錯覚ではない。確かに赤い髪の花道だ。そして、先ほど受け取ったものと同じジャージを着ていた。
「ルカワ…久しぶり」
 照れた笑いを浮かべて近くに立つ花道に、流川は何も言い返せなかった。
 椅子にドスッと音を立てて座り、ほんの少し我に返った。
『花道、話してなかったのか?』
『…まーな、驚かそうと思って』
 どう聞いても、花道の声だった。いい加減、元の表情に戻らなければ、と流川は必死で顔を作った。
『まあ…二人で話し合ってくれ…こちらはルームシェアで了解している。寮がよければ、そちらも用意できると思う』
 かなり時間が経ってから、流川は『はい』と返事をした。

 一緒に部屋を出て、花道は流川の前を歩いた。
「すぐ家に行くだろ? オメー車だよな?」
 花道の話題があまりにも自然で、何年も離れていたことを忘れるくらいだった。
「………トイレ」
 何とかそれだけ言葉にした流川は、花道を置いてトイレに駆け込んだ。
 奥の個室のドアをしっかりと閉めて、流川は深呼吸をした。両手を壁について、前屈姿勢を取る。息苦しい気がして、自分の心音が激しく鳴っていることにも気が付いた。
 驚いたと同時に、とても動揺した。自分はこんな風になるのか、と流川は初めての自分を発見した。
「おいルカワ? 吐いてンのか?」
 追いかけてきた花道が話しかけてくる。顔が見えないだけ、少しマシだった。
「オメー、オレが大学入ったときは、ちょっと驚いたくれーだったのに」
 花道が楽しそうに笑っている。実は流川は、花道が入学してくることを事前に知っていた。その連絡を受けたときの衝撃は、今ほどではなかった。それでも、何度もシミュレーションをして、さりげなさを装ったのだ。
 不意打ちを食らった自分は、こんなにも情けない。流川はほんの少し頬を崩して、ようやく個室から出ることが出来た。
「どーいうことだ…」
「……何が?」
 流川にも聞きたことがありすぎて、あまりにも漠然とした質問だったと思う。
 なぜここにいるのか、そしてなぜ自分たちがルームシェアなのか。
「同じチームで…今日から一緒に暮らす……ってことなのか?」
「…うん、そーだけど?」
「……メシは…」
 流川の関心はまずそこだったのか、と花道は笑顔になった。
 車の助手席に花道は乗り込んで、置いてあった段ボールを膝の上に乗せた。
 だいたいの道を言うと、流川はすぐに理解した。
「メシって、そりゃー作るしかねーな」
「……オレは作れない」
「オレはちょっと作れる」
 花道が自慢気に言ったことが、流川にはカチンときた。
 何度聞いても花道の声だった。そして、ごく普通に会話できている。不思議な気持ちだった。

2014. 5. 21 キリコ
  
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