A Place in the Sun

 

 花道は、かなりウキウキした気持ちで料理を始めた。夕食は何としても和食にしようと決めていた。そもそも、流川とのルームシェアを申し出たときも、自分たちの体が日本食で育ち、筋肉の付き方や体力などアメリカ人とは違う、だから日本人同士で住みたい、と力説した。チームがそれで納得いったのか、花道がうるさいので諦めたのか、結局許可をもらった。流川の知らないところで、花道はいろいろと動いていた。
 実際に花道がそんなことを考え始めたのは、まだ大学生の頃だった。他大学のスポーツ栄養を学びに来ていた日本人留学生と出会い、詳しく聞いてかなり勉強した。寮の食事もいろいろ出るし、栄養計算なども学んだけれど、それはアメリカ人用だったと気が付いた。その留学生は、少し年下の女性でお付き合い寸前までの関係だった。花道があまりにも熱心に聞きたがり、よくコンタクトを取っていたことを勘違いされたからだ。その後、関係が悪くなってしまい、会うこともなくなってしまった。花道は、それ以降は日本にいる母親からいろいろレシピを聞いた。
 花道は火を止めて、自分の部屋へ向かった。静かにドアを開けると、流川の寝息が聞こえた。
「やっと手に入れた」
 きっと本人が聞いたら怒るだろうけど、今の花道の正直な気持ちだった。
 2年離れていても、気持ちは変わらなかった。2年だけ、と自分に言い聞かせて耐えていた。他にも付き合いかけた女性はいたけれど、キス以上のことはなかった。流川以外の男とは、友人にはなれたけれど、それ以上は無理だった。
 濡れたままだった髪の毛が、おかしな方向を向きながら乾いていた。花道はゆっくりと撫でて、流川の額にキスをした。
 少し痩せただろうか。体重はそれほど変わらないようだったので、ただやつれて見えただけかもしれない。あちらでの大変さを、花道は詳しくは知らない。もちろん想像はつくし、その努力は心から尊敬に値する。もしかしたら、他のチームからも喚ばれたかもしれない。けれど、花道は、流川とバスケットがしたかった。
 流川が目覚める気配がして、花道は床に座り込んだ。頭と頭を近づけて、流川が目を見開く瞬間をじっと見つめた。
 焦点が合った目で花道を見つけた流川が、今日何度目か、大きく目を見開いて慌てて後ずさろうとした。けれど、すぐに「うっ」と呻いて、俯いた。
「ルカワ…起きたか?」
「……桜木…」
 そう呼んだのは、本当に自分か確かめたのだろうとわかった。ここがどこだかわかっているだろうか、そう考えると笑いたくなった。
 まだ何の説明もしていなかった。どうしても我慢できなくて、セックスが先になった。
「メシできたけど…食えそう?」
「……うん」
 流川がおそるおそる体を起こした。花道はすぐに背中を支えた。
 自分の手料理を食べてもらい、そしていろいろ話し合おうと思う。
 素っ裸の流川は、花道のタオルケットだけをまとって、裸足で自分の部屋へゆっくりと歩いて行った。

 服を着た流川は、ダイニングのテーブルを見てまた驚いていた。
「みそ汁?」
「…うん。まあ器がないんだけどよ」
 久しぶりの和食に、流川はかなり感動した。これまでも食べたくなったら日本食のお店に行ったけれど、懐事情で頻繁というわけにはいかなかった。
「あれだ…簡単な出汁ってヤツな」
 花道が照れ笑いをしたけれど、流川にはその意味さえよくわからなかった。
 食事中、花道は和食についてずいぶん語った。寮を出たのも自分で料理したかったからだ。
「最初はよくわかんなくて、ご飯とみそ汁、だけだったけどよ」
 少しずつ、いろいろと挑戦していった。
「まあ、こっちのメシもスキだけど、やっぱ日本人だなと思ったな」
 花道がお箸を振り回しながら話すことを、流川は気にしないようにした。そして、言っていることに激しく同意したから。
 それからルームシェアを申し出た理由を語られ、流川は少し納得した。
「けど…オレは料理なんかできねー」
「これから覚えりゃいー」
「……練習終わってから…メシ作り…」
 想像だけで面倒だと感じる。流川はしばらく天井を見上げた。
「ルームシェアの基本だ」
「……何が…」
「分担だよ、分担。料理だけじゃなく洗濯とか掃除だろ…お金どう出すかとか…決めなきゃな」
 料理を作る話から、ずいぶん話が飛んだ気がした。
「…テメー……誰かと住んでたな?」
「……うん……大変だった…」
 花道が項垂れたので、流川は黙ったまま待っていた。
「オレのモンっつっても勝手に使いやがるし、ガールフレンド連れてくるし、うるさいヤツだった…それなのに、オレが筋トレしてたら迷惑だ、とか言うし…」
 寮を出たかったけれど、お金をかけたくなくて仕方なくルームシェアをした。卒業までと思って我慢したけれど、友人でもない相手とは難しいと心底思った。マイペースな花道をの上を行く人物だったと、花道は指を立てながら説明した。
 流川はクスッと笑いながら、花道の話を聞いていた。
「オレとはいーのか」
「…うん。オメーはオレの物を勝手にしたりしねーだろうし、とりあえず盗んだりもしないだろ」
 そんなことを考えていたわけではない。
「いや…その、オメーと住んだらどうかなーと思いながら、前は練習してたわけ」
「……練習…」
「だからな? ここでいーだろ?」
 花道の話はよく飛んだ。
 流川はお箸を置いて、ほんの少し考えた。
 花道と暮らすことに抵抗がないわけではない。けれど、みそ汁が飲める毎日は有り難いと思う。
「…わかった。ルール決めればいーんだな」
 はっきりとした返答に、花道は背筋が伸びて、急に心臓の音が跳ね始めた。



2014. 5. 21 キリコ
  
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