A Place in the Sun
「部屋にはなるたけダレも呼ばないようにしよう」
花道の提案に流川はすぐ同意したけれど、少し違和感を感じた。しばらく時間が経ってみると、花道が何度か外泊し始めた。それがどういうものなのか、そしてそのルールの意味を深く想像してしまった。
「メシは一緒にしようぜ。でも、食べないときは絶対連絡しよう」
「…なんで」
「メシがムダになるから」
それ以外にもいろいろなルールを話し合った。
花道がいない夜は、流川はたった一人で夕食を食べる。花道が話していたように、みそ汁だけ見よう見まねで作って、おかずは買ってきた。
これまでもずっと一人だった。寮にいる間は誰かと食べることもあったけれど、基本的に静かな食事が多かった。慣れているはずなのに、これまでよりずっと孤独に感じた。
花道がいればテレビの取り合いをしたり、シャワーの順番がどうとか、賑やかになる。同じ場所でポツンと一人でいるせいだ、と気が付いた。テレビもシャワーも独占できても、それほど嬉しく感じない。一人暮らしより、よほど寂しく感じた。
花道がいない夜、流川はまた以前のように部屋から空を見上げた。靴ひもを見られたくないけれど、取り出しやすいところに置いてある。それほどよく出しているのだ。お互いの部屋に勝手に入らない、というルールは出てこなかったけれど、それは決めなくてもお互いが自然とそうしていた。
ルームシェアと言っていたけれど、同棲なのかと流川は思っていた。
花道は誰かと付き合っているのだろうか。
そう想像すると、胸が苦しくなる。けれど、自分に触れてくる。触れ合うだけだけれど。
「オレに話すな」
以前の勝手な命令を、花道は言う通りにしているのだろうか。
結局のところ、今でも嫉妬する権利はない、と自分に言い聞かせた。
花道と一緒に暮らすことはとても心地よい。練習中や試合でのことを話したり、悔しいことを悔しいと花道が怒ることで自分の気持ちも消化できたりする。そして、やはり日本人なんだな、と思うくらい、日本語で愚痴を言えることがとても有り難かった。自分の精神が安定していることがわかる。けれど、寂しいという気持ちも本当だった。流川がチームに入ってから1ヶ月を過ぎた頃、チームの暴れ者と呼ばれる男が怪我から復帰してきた。誰もがすぐに怪我をする、そんなスポーツだから珍しいことではない。彼は日本人が嫌いなのか、それとも流川個人なのか、やたらちょっかいをかけてきた。流川はそういう対応に慣れているけれど、無視される方がまだマシと思う。自分より大きな体でぶつかって来られたら、今度はこちらが怪我をする。そして、それはすぐに想像通りになった。
練習試合で暴れ者に体当たりをされた流川は吹っ飛んだ。着地などはまるで受け身で、うまく滑られたと自分で思う。けれど、押された瞬間に足首を捻っていた。
絶対にわざとだ、と思ったし、そう抗議もした。かばってくれるチームメイトと静観している者もいる。暴れ者とその仲間たちは、こぞって同じ言葉を並べた。
『オマケのくせに』
最初は意味がわからなくて、怒りを忘れるくらいだった。医務室に運ばれて、2週間は練習してはいけないと診断され、またふつふつと腹が立ってきた。
『オマケってどーいう意味?』
医務室についてきたコーチに聞く。あの日系人のコーチではない。この男は暴れ者の仲間かもしれない、と流川は後で思った。
『流川は桜木のオマケってことさ』
説明されても、よくわからなかった。
『チームは桜木が欲しくて、アイツが流川がいないとと言ったから、テメーも入れたってことだ』
今度の英語ははっきりとわかったけれど、それでもまだ流川は納得がいかなかった。ただ、それ以上はこのコーチに聞く気にならなかった。
流川は病院でレントゲンを撮った後、一人で家に帰った。花道が流川の怪我のことを聞いたのは、流川が帰宅した頃だった。たまたまその日、個人トレーニングを別のコーチとしていた。高校生だった自分なら、きっと暴れ者を殴りに行っただろう。けれど、今はチームから抜けたくないとか、訴えられると面倒とか、そんな大人な事情でそうすることが出来なかった。
家に戻った花道は、流川の名前を呼びながらダイニングに入った。
そこで、バスタオルを下半身に巻いて床に座り込みながら電話をしている流川を見た。
花道は驚いたけれど、ホッとした。けれどすぐにイライラしてきた。
「だ、ダレとデンワしてンだ」
「……マーカス」
受話器を手で押さえた流川が、ほとんど言葉に出さずに答えた。
どういう状況だったのか、花道にも想像がついた。練習後でシャワーを浴びていたら電話が鳴り、慌てて取ったのだろう。左足の簡易ギブスを見て、立っていることが辛いから、座り込んでいるのだとわかった。
「…いつからデンワしてンだ」
「……テメーと思ったから出ただけだ」
受話器を奪って、マーカスの話を替わりに聞いてみる。ほとんど恋愛相談だった。
『あ、マーカス? わりぃけど、ルカワ病院連れてくから』
相手が返事をする前に、花道は受話器を置いた。
花道は流川の肩に触れた。
「テメー、冷え切ってンじゃねーか!」
「……へーき」
もう秋も深まっている。いくら西海岸といっても、肌寒い季節だ。
花道は、流川の両腕を取って、自分の背中に引き上げた。片足をかばいながら、流川は花道におぶさった。
流川に服を着せたり、ドライヤーを運んできて乾かしたり、花道は無言のままテキパキと世話を焼いた。
ふとんを耳元まで引き上げて、花道はお腹あたりをポンポンと叩いた。
「ケガは…骨折してなかったか?」
「……うん」
「…よかった…」
花道は流川のベッドに腰掛けた。
「洗面所に松葉杖あったから持ってきたぞ」
「……うん」
「晩メシ食べたいモンあるか? 今日はオレが作るから」
「……うん…」
何を聞いても、流川は目を閉じたまま「うん」としか答えなかった。