A Place in the Sun
部屋の中はまだ明るかった。西日が入る花道の部屋で、お互いに視線を合わせたままセックスをした。昨夜も今朝も、これから自分が結婚を申し込む相手をじっと確認していた。迷いがあったわけではないけれど、じっくりと観察していた。流川は見た目は格好いい。けれど、中身は頑固で生き方が少し不器用に思える。そしてやはり優しい気がするのだ。花道は、何年もかけて、ますます流川が好きになっていった。
スキと言っても反応が薄い相手に真剣さを伝えるために、プロポーズをした。
「なんであんな時間に…」
花道のベッドの上で、ドアの方を向いている流川の背中に花道は張り付いていた。後ろから回した腕に、流川の指輪つきの指が乗せられていた。流川が小さな声で呟いた。
「日付が変わった瞬間だからだ」
耳元ではっきりした声で答えられて、流川は目を見開いた。
「…どーいうことだ」
今朝の7時頃だったはずだ。
「日本時間だよ」
「…日本時間?」
「…オメーと初めてキスした時間だ」
流川は視線を上げながら考えた。日本に長く帰っていないし、すぐに時差が計算できなかった。
「もう…8年前かな」
花道がクスッと笑う。最近同じようなことを考えた自分を思いだした。
「オレは、自分の誕生日だけはウソつかない」
「……うん」
「本気だってわかってもらうには、この日がいいと思った」
なぜその日のその時間だったか、ということは理解した。けれど、プロポーズということは、どういうことなのだろう。流川が聞かなかった疑問を、花道は自ら説明し出した。
「ちゃんと結婚できる場所もある。いろいろ調べた」
「……ちゃんと?」
「うん。神様の前で」
教会にも行かない自分たちが、いったいどこの神様に認めてもらうのだろうか。流川はうまく話せず、黙ったままでいた。
「それから…」
「……それから?」
「オレ、母ちゃんに言ったぞ」
流川は驚いて、勢い良く振り返った。お互いの頭部がぶつかって、鈍い音がした。
「……なにを…」
「結婚申し込むって……相手はダレって聞くから、ルカワだって言ったら…」
「……言ったら?」
「私の知ってる流川くんは男の子だったわよって」
流川はギュッと目を閉じた。友人にばれることよりも、家族に知られることの方がはるかに気まずかった。
「だいぶ長いこと黙ってて…それから「私に孫を見せないつもりーー!」って怒鳴られて電話切られた」
花道は笑い話のように話しているけれど、きっとかなり勇気が言っただろう。流川は花道の母親の顔を思い出した。じっと自分を見上げていた顔は、やはり花道に似ていた気がする。
その日はもう夕食も食べ、二人とも疲れ切っていた。
流川が眠りに落ちかけているのがわかり、花道は話すのを止めた。
未だに、確信が持てないでいる。それでもこうして一緒に寝ているのだ。「うん」しか返事をしない流川から、やはり愛はもらえないかな、と花道は苦笑した。落ち込んではいないけれど、少し寂しい気がした。お互いが眠り始めたとき、流川の部屋から目覚まし時計の音が聞こえた。
「あん? ルカワ、なんか鳴ってるぞ」
一応流川を揺さぶってみたけれど、きっと起きないだろうと花道はため息をついた。鳴りやまない音に苛ついて、花道は体を起こそうとした。
けれど、流川が勢い良く立ち上がったので、花道は驚いた。
「ルカワ?」
スリッパの音をさせながら、流川は花道の部屋から出ていった。時計を見ると、あと5分で4月1日になる。花道は頬が崩れそうになった。日付が変わる瞬間に流川は起きようとしていたらしい。一緒に過ごすのは久しぶりだ。花道はベッドに座り、流川が戻るのを待った。
流川の足音が、部屋から洗面所に移動する。すでに音は消えていて、きっともうすぐこちらへ来るはずだった。けれど、スリッパの音はまたあちらの部屋へ向かう。
「あれ…?」
花道は思わず身を乗り出したけれど、すぐにこちらに歩いてくる気配を感じ、慌てて壁にもたれた。
暗い部屋の中で、流川はまっすぐにベッドに向かってくる。花道の向かいに胡座をかいて、チラッと時計を確認した。
ゆっくりと花道の両手を取って、ギュッと握りしめた。流川の手のひらは、汗をかいていた。それでも、歌い始めた声は、落ち着いて聞こえた。
歌が終わったあと、花道に触れるだけのキスをして、流川はしばらく黙っていた。
「ルカワ…サンキュ」
毎年歌をありがとうと思う。思いつきで歌わせたのがきっかけだったけれど、あの流川が自分のためだけに歌うのだ。やはり貴重に感じた。
「桜木…一度しか言わねー…」
「う……うん」
花道は期待が膨らんで、背筋が伸びた。けれど、それからまた沈黙してしまった。
流川の口が「あ」の形に何度も挑戦していたことを、花道は気付かなかった。
愛が欲しい、と言われたら、そう伝えれば良いと流川でも思う。
けれど、どうしても口には出せなかった。
「桜木が…オレは桜木が大スキだ」
それが流川の精一杯だった。そして、確かに昔の言葉とは違う。相変わらず頑固で、一度決めたら「こう!」なのだな、と花道は苦笑した。自分のように、もっと頻繁に言葉にすればいいのに、と願った。
やっと、流川から「スキ」という言葉が聞けた、と花道は感動した。
「…うん」
これまでの仕返しのつもりで、花道は短く答えた。
深呼吸をした流川が、花道の手を離した。次に花道の手のひらに小さなものが乗せられて、花道は驚いた。
「な…なにこれ」
「……誕生日プレゼント」
それは、花道が流川に上げた箱によく似ていた。同じような素材で、大きさも変わらない。ブルーのリボンがついていて、流川は実は青が好きなのだろうか、と関係ないことを考えた。
「み……見ていい?」
「……うん」
リボンは見えても、箱の中身はわからなかった。花道はベッドサイドの明かりをつけて、箱を光の下に移した。
「指輪?」
どう見ても指輪で、そのせいか、流川は返事をしなかった。
「こ、これってプロポーズ?」
「チガウ。誕生日プレゼント」
流川は口調を強くしながら否定する。刻印を見ようとしていた花道から指輪を取り上げて、ライトを消した。少し乱暴に花道の左手を引っ張って、流川は薬指に指輪をはめた。
花道の心臓は、ドキドキ跳ねた。
「あ、の、これって…結婚指輪…?」
「……プレゼント」
流川自身、耳が痛いと感じるくらい、緊張していた。手が震えなくて良かったと、深呼吸をした。
お互いの左手を包み込みながら、流川は枕に倒れ込んだ。
「寝る」
「…ええ!」
突然なんだろう、と花道は呆れたけれど、自分もまだ動揺したままだった。同じように枕に耳を当てて、流川と向かい合う。暗い中でも、視線が合っている気がした。
流川からプロポーズらしき言葉はないので、返事のしようもなかった。
「スキだぞ…ルカワ」
「…うん」
手のひらに力を込められて、花道は少し笑顔になった。流川が眠りに落ちるのを待って、花道は静かに起きあがった。昨夜も緊張であまり眠れなかったのに、今夜も睡魔がどこかへ飛んで行ったらしい。未だに落ち着かない心拍を感じながら、花道は洗面所に移動した。
ライトの眩しさに目が慣れた頃、ようやく花道は指輪をじっと見つめた。生まれて初めて指輪をつけるせいか、違和感を感じた。
たぶんプラチナで、少しねじりが入ったデザインだった。宝石がついていないので、確かに婚約指輪ではないのかなと花道は思う。けれど、結婚指輪と言われれば、そうとしか見えないだろう。
花道は深呼吸をしてから、指輪をゆっくりと外した。
「…ラブ…」
内側の刻印が、「Love」と「Hanamichi」だった。刻印と対象の位置に小さなダイヤモンドらしき宝石が埋まっていた。それがシークレットストーンだと花道も勉強したので知っていた。サイズも合っている。刻印を入れるのにどれくらい時間がかかるか、花道もよく知っている。今日は流川はほとんどずっと花道と一緒だった。慌てて購入したものではない。いつからか、準備してくれていたのだろう。花道がそうしたように、夜中に忍び込んで、こっそりサイズを測ったのだろうか。
「ルカワ…」
そう呟いてから、目の前の鏡を見た。自分の顔がとても崩れていて、泣きそうになっていたはずなのに、おかしくなった。
花道は、「Always with you」と「Kaede」と入れていた。もっと情熱的なものの方が良かったかな、と自分の頬をかいた。
「へへっ」
笑おうと思ったけれどそれもうまくいかず、花道はギュッと目を閉じた。