A Place in the Sun

 

 流川が大学を卒業したあと、メラニーは偶然花道と再会した。ほんの一瞬会っただけの相手だったけれど、お互いがすぐにわかった。メラニーから見て、赤い髪の日本人は彼以外にいなかったから。
『よく私ってわかったわね』
 以前会ったときと、髪型も髪の色もメラニーは変わっていた。それでも、花道はすぐにわかった。それほど長い時間観察したわけではないけれど、よほど目に焼き付いていたのだ、と花道は思った。
 それから何度か会って、カフェでおしゃべりした。

『それだけよ?』
 流川のじっと見つめてくる視線を逸らしながら、メラニーは最初はいろいろと言い訳をしていた。同じ大学の選手なんだから知ってるわよ、など。
『メルはバスケに興味なかったはずだ』
 確信を持った突っ込みに、メラニーは肩をすくめて両手を広げた。
 そして、花道と何度か会ったことを説明し出した。
『アナタの悪口を言い合ったりして、面白かったわ』
『……悪口?』
『フラれた者同士だもの』
 遠い昔を懐かしむようにメラニーは空を見上げた。
『カエデの高校生活を教え合ったわ』
 流川が眉を寄せている間に、メラニーは話し続けた。
『カエデが付き合ってた人のこととか、ケンカをよくしてたとか…』
『……絡まれたから、やり返しただけだ』
『てっきり荒れてるのかと思ったら、日本でもよくケンカしてたんだって?』
『……してねー』
『アナタの学ランの写真はないかって聞いてみたけど、持ってきてないって言われた』
 それは嘘だと流川は知っていた。大学の寮の部屋に、湘北の写真が置いてあったはずだ。
 実は流川はがメラニーと付き合い始めたのは大学に入ってからで、友人期間の方が長かった。日本で花道と10ヶ月付き合ったと記憶しているが、それ以上の期間付き合った相手はいなかった。メラニーは、そのことも花道に話していた。
『結構いろいろ話してるな』
 1回のお茶で話せる内容ではないと流川は感じた。
『んーまあ、何回か飲みに行ったりしたかな』
『……ふーん』
 花道は、一言もメラニーのことを話さなかった。それ以外に出会ったらしい人たちのことも。
 自分がされて嫌なことをしないということか。
 いつから花道はそんな大人な考えの持ち主になったのだろう。
『高校時代の桜木は……メチャクチャだった…』
 久しぶりにいろいろと思い出した。流川がクスッと笑ったので、メラニーは驚いた。
『今の桜木も、元気にしている』
『…そう? よかったわ』
 メラニーは息子の母親のことをあえて聞かなかった。
『じゃあそろそろ行くわね…会えて良かった』
『……うん』
 メラニーに少し近づかれて、久しぶりに香水の匂いを感じた。
 流川は一人になってから、このことを花道に話すかどうか、しばらく考えた。


 6ヶ月前、二人の間に子どもが産まれた。生物学的な父親は花道で、母親は顔も知らない卵子だった。産んだのは、出産ボランティアの女性だった。
 莫大なお金がかかるこの方法を望んだのは、流川だった。そして、父親を花道にすることも。
「…なんで?」
「うちの実家にはもう孫がいる」
 けれど、花道の母親はこのままだと孫がいないままになる。今更別れることもできないけれど、母一人子一人で、全く日本に戻らない息子から、何か孝行できないかと流川は考えた。
「私に孫を見せない気ー……って言っただろ」
「……うん…でも…もう諦めてるぞ?」
 花道の母親との絶縁期間は長くはなかった。アメリカの2人の元に何度か訪れていた。
 この方法を進めるにあたり、彼らは何度も話し合い、カウンセリングも受けた。資金はこれまでの貯金と花道の保険金で、生活自体は質素なままだった。
「オメー、バスケできなくなって、おかしなこと言い出したと思ったけど…」
「……なんだと…」
「…赤ん坊っていいな…」
 初めて家に連れ帰ったとき、花道はしみじみと言った。けれど、育児が大変なものだと、すぐに身を持って知った。
 太陽と名付けたのは、花道だった。男の子とわかってから、ずっと二人で考えていたけれど、流川には思い浮かばなかった。そして、太陽という響きに、すぐ同意した。どちらかというと、流川にとっての太陽の光は花道だったけれど。
 生後1ヶ月の頃、花道の母親がしばらく滞在していた。それまで額面通りにミルク量など調節していた流川は、育児経験者のおおらかさを見て、ようやく肩の力が抜けた。仕事をしている花道よりも、流川の育児担当時間は長い。寝不足が大の苦手な流川が、夜中にもよく起きていた。
 そんな疲れた姿を、花道は写真に収めていた。花道の母がそうした方がいいと言ったからだ。
 そして、げっぷをさせるところ、泣いている太陽をあやすところ、そして息子と二人でぐっすり寝ている写真を、花道は流川の実家に送った。長らく連絡を取っていないけれど、きっと安心するだろうとの母親からのアドバイスだった。そして、花道の名前は書いても、写真には写らないようにしていた。そこまで受け入れるのには、まだ時間がかかるだろうから。
 それからほどなく、流川の実家から電話が来て、流川自身かなり驚いた。最初の一言以降、黙ったままの母親に、流川は返す言葉もなかった。鼻をすする音に、流川までもらい泣きしそうになった。
「テメーが連絡したのか」
「……うん……メーワクだった?」
「……いや…」
 親など必要な年齢ではない、と気にしないようにしていたけれど。十何年ぶりに話してみて、血の繋がりを感じた。それは、自分も育児をし始めたおかげかもしれなかった。
「ルカワ…日本に帰りたくなった?」
「……全然…テメーは帰りたいのか?」
「…いや…そーでもねぇ…」
「……けど、って顔だな」
「うん……なんか年取ってくると、日本も懐かしいなぁって思うな…」
「……たとえば?」
「たとえば……うーん……コタツ入りたいなぁ…とか…」
 太陽をあやしながら花道が天井を見上げたので、流川は口の端だけで笑った。

 また流川はキャンパスのベンチに座っていた。太陽がベビーカーを嫌がるので抱っこをする。眠ったので乗せようとするとグズる。その繰り返しで、毎回膝の上に乗せている。今日は論文を片手にコーヒーを飲んでいた。
 花道と家族になって、息子もいる。勉強する毎日は苦痛だけれど、目標があればやり遂げられる。流川はバスケットのコーチになるために、大学院で勉強しているのだ。実践だけではなく、論理的に学びたい。それが今自分にできる精一杯のことだと思う。
 お腹がグーッと鳴って、流川はため息をついた。今日はオフの花道がランチを持って来るはずだった。それなのに、まだ来ない。
「遅い…」
 それほど遅れているわけではなかった。
 ふと、初めての待ち合わせを思い出した。花道に靴下を履いて欲しくて、流川なりに考えた。花道が来るだろう方向を、じっと見つめていたことを覚えている。来ないかもしれないとも思っていた。けれど、花道はそれほど遅れずにやってきた。もしもあの日花道が来なかったら、今の自分たちはなかったかもしれない。
 あれからそろそろ22年だ。
 誰よりも、長く一緒にいる。これからも離れたくないと心から思う。
「ルカワーー!」
 今日は流川が考えていた方向から、花道がゆっくりと歩いてくる。なぜ急がないのかと、眉を寄せながらも、流川はじっと動かずに花道を待った。
 明るい日差しの中で、太陽とともに。
  

おしまい

おまけ話。大学生の二人です。

2014. 6. 25 キリコ

  
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