のろい

   

 流川の2人目の相手は、17歳になってから出会った。同い年でバスケットが大好きで、いつも違うチームの応援に来ていた。始めはその応援グループで流川に話しかけてきた。日本人が珍しかったらしい。何度か話したあと、二人で会うようになった。
 バスケットの話をしていると、時間はあっという間に過ぎる。NBA選手のこともよく知っていた。とても盛り上がっているのに、ときどき流川はまた花道を思い出していた。あの男とは、こんな会話はできないだろう、と比べてしまうのだ。
 この顔で日本にいたら目立つだろうな、というくらいの白人だった。驚くほど白い肌と金髪の長い髪、薄い青い瞳。日本人が思い描く外国人、という容姿だった。流川の目から見ても「可愛い」と思う。けれど、外見よりも話題の方が流川には大事だった。自分のどこが良かったのかわからないけれど、人気者の彼女が自分の隣を歩いているのは、悪い気分ではなかった。
 こちらにもこんな小柄な子がいるんだな、と思うくらいの身長だった。流川と腕を組むと、少しぶら下がるように歩く。歩幅が合わなくて、せかせかと足を動かす。長い時間歩くと疲れたと文句を言う。そんなことすら面白いと感じていた。
 人との付き合いは、思っていたよりも大変ではなかった。それとも、アメリカは自分に合っているのだろうか。
 けれど、先へ進む段階になると、流川はまた同じ状況になってしまった。あの天使のような彼女も、以前の彼女のように豹変した。きっと日本人の女の子なら、こんなことは言わないだろうな、と憮然とする。それでも、わかりやすい態度は、流川には気楽だった。
 結局、また2ヶ月ちょっとの付き合いだった。

 自分は本当にゲイなのかもしれない、と流川が考え始めると、周囲の男性たちがみんな同類に見えてきた。それは勝手な思いこみだったが、「男求む」などというフェロモンでも自分は出したのか、と思うくらい、急に男性に声をかけられ始めた。
「たらしか…」
 自分は何でも来い、なのだろうか。それとも、アメリカに来て、ただ弾けているだけなのか。親の目のない自由さを、満喫しているだけなのだろうか。
 とにかく、流川の3人目の相手は男だった。
 男の場合、揉めたときに暴言だけではなく、暴力も出てくるかもしれない。流川は慎重だった。体は資本で、と相手に伝えておこうと思ったが、それは逆に弱点になるかもしれないと止めた。こんなことを考えながら付き合っている時点で、流川はそれほど彼に思い入れはなかったのだろうと自分で思う。
 自分と同じ目線で会話する。聞き上手で話し上手な男だった。話しながら、流川の膝によく手を置いた。大きな手のひらだな、と思ったとき、また花道を思い出した。身長も体格も、そういえば花道に似ているのだ。
 その手のひらが自分の背中を力強く引き寄せたとき、流川は少しドキッとした。同じような体に自分の両腕を巻き付けて、厚い胸板に頬を当ててみる。抱きしめられる立場というのも、流川は嫌いではないと気が付いた。背中を忙しなく上下する腕の意味が、流川にはよくわかる。自分もそうしていた気がする。相手を早く抱きたいという気持ちの表れだと思うのだ。けれど、そのときの流川は、ただじっと腕を回していただけだった。
 花道と抱き合うとこんな感じなんだろうか、と考え始めたときには、今回ももうダメだとわかった。自分に向かってくる唇を一度受け止めたけど、すぐに両腕で彼の体を突き放した。3度目の罵倒もまた背中で聞きながら、流川は俯きながら帰宅した。
 別れたあとにまた顔を合わせないような相手を選ぶあたり、流川は打算的だった。やはりすべて恋愛ではなかったのだろうと思う。誰かを好き、という気持ちが未だによくわからない。一緒にいて楽しい、だけでは、セックスは出来ないのだろうか。それとも、実は自分はセックスに対して恐怖心や罪悪感を感じるようなことが何かあったのだろうか。
「潔癖性…でもないな…」
 自分で自分がわからない。性欲はあるのに、セックスはできない。そんなことがあるのだろうか。流川はさすがに誰にも相談できなくて、しばらく考え込んだ。結局答えはでないまま、流川は特定の誰かと付き合うのは止めよう、と決めた。
 なぜいつも、花道を思い出してしまうのか。
 それもわからなかった。
 日本で付き合っていたわけでもない。花道が好きだと思ったこともない。
 けれど、自分は花道の呪いがかけられている。そんな風に結論付けた。

 その呪いは、二人がまだ一年生の頃にかけられたものだった。

 

 

2014.10.11 キリコ
  
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