のろい

   

 花道は授業中ずっと流川のことばかりを考えていた。
 なぜ、という疑問ばかりが次々に思い浮かんでくる。
 あれは本当に自分の知っている流川だろうか。見た目は変わっていないけれど、何やら醸し出される雰囲気が違っていた。
 今朝の自分は、あれで脱童貞になったのだろうか。それとも相手が女性でなければ、やはりそう言わないのだろうか。そんなこと、誰にも確認できなかった。
 花道が朝食を食べている間、辛そうにしていた流川に膝枕をした。大人しくしていた流川の髪を梳くと、少し男臭さを感じた。また洗髪して髭を当たってやりたい、と考えた。そこまで考えて、あれは以前の仕返しなのだろうか、と項垂れた。けれど、何度考えても、キスの仕返しにしてはおかしいと思うのだ。
「ホントに来る気か…」
 窓の外を向いて、つい口に出してしまった。今日の練習時間を聞いていた。顔を出していいかと聞かれて、なぜ自分に聞くのかと返した。
「テメー主将だろ」
 流川にそう言われて、なんとなく背中がくすぐったく感じた。
 結局、部活が始まってからも、花道はソワソワしたままだった。

 部活の終わり頃に来ると言った通り、流川は体育館に現れた。
 こうなることがわかっていたのだろう。部活が部活にならず、大騒ぎになってしまった。今年の新入生でさえ、流川を知っていた。次々と握手を求められているらしく、流川はあちこち向き直っていた。
 しばらく動けなかったらしい晴子を見て、花道はどう促したものか悩んだ。けれど、晴子はすぐに体育館から出ていった。卒業していった先輩達に電話したのだと、後で聞いた。
「明日試合だろ、練習に戻れ」
 流川にそう言われて、全員が素早くコートの中に戻った。もし流川が主将をしていたら、どんなチームになっていたのだろう、と花道は想像した。
 体育館の隅で流川がバッシュに紐を通している。その姿が懐かしくて、花道でさえ落ち着かなかった。一人ウォーミングアップする姿でさえ、たくさんの部員の視線が注がれていた。
 しばらくして、宮城と彩子が走ってきた。今は大学生の彼らもたまたま土曜日で家にいたらしい。飛んできた様子がわかった。
「ルカワ!」
 二人に両側に立たれて、流川は一人ずつ頭を下げた。
「先輩…中どうぞ」
 流川がそう言いながら、彩子の腰辺りに手を回した。軽く触れながら、体育館内に促したのだ。
「あ、ありがと…」
 その様子に気付いたのは何人ぐらいいただろうか。彩子自身、驚いてしばらく言葉が出なかった。彩子から肩を叩いたりすることはあっても、流川が女性に触れることなど、これまでなかったはずだった。性的に大人になったのだ、と宮城も気が付いた。
 花道も、もちろん見ていた。やはり流川は以前の彼とは違うのだ、と強く思った。

 部活の後、大人数でラーメンに行くことになった。流川は少し不服そうに花道には見えたけれど、黙ったまま連れられて行った。食べながら、質問は流川に集中してしまう。ラーメンが伸びそうだと哀れに思い、花道は何度か茶々を入れた。おかげで余計に食べ遅れることになったけれど。
 帰りになってもまだ流川の周りには部員が集まっていた。話題が大学について移ったとき、流川はほんの少し解放された。
「桜木」
 一番後ろを歩いていた花道に、流川は自転車を押したまま近づいてきた。
「フケようぜ」
「え…なんで…」
「体育館行こう」
 流川の提案に、花道は首を傾げた。
「もう…カギ返したぜ?」
「…何とか言って借りてこい」
 なぜそんな命令形なのだろう。流川がバスケットをし足りないのはわかる。外はもう真っ暗だ。けれど、自分は明日試合なのに。
 それでも、流川とバスケットができる、と思うと、急にワクワクし始めた。
 体育館の鍵を借りるときに、花道なりに交渉したけれど、結局30分だけと約束させられた。短いけれど、集中して頑張ろうと決めた。入り口で待っていた流川も短いと呟いたけれど、すぐに準備を始めた。
 ボールを追い始めると、今日一日の疑問も、流川が本当はアメリカにいることも、全部忘れられた。一年生のときよりは初心者ではない。どこまで流川に追いついているのだろうか。流川はアメリカでどれ程揉まれているのだろうか。30分の対戦が、とても濃いものに思えた。

 

2014.10.17 キリコ
  
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