のろい

   

 きっちり30分練習をした。いつもの練習では味わえない緊張感と高揚感を感じ、花道は切り上げることを躊躇った。けれど、流川が舌打ちしながらモップを取り出したので、ため息をつきながら同じようにした。
 一年生のときに無謀にも挑みかかった。あのときより花道は成長しているはずだった。けれど、同じように流川も先へ進んでいる。アメリカは彼をまた大きくしていた。
「チクショ」
 花道はモップを見つめながら呟いた。
 今の自分を、流川はどう見ただろうか。
 何も言わない相手を、花道はチラチラ横目で何度か見た。
「カギ、返してこい」
 薄暗い渡り廊下で流川が命令する。
「え…オメーは…?」
「オレが職員室に行くわけにいかねーだろ」
 それはそうか、と花道は納得する。けれど、聞きたいことはそのことではなかった。
「あの…」
「…先に部室行ってる」
 流川のその言葉にホッとして、花道は小走りに職員室に向かった。
 このまま帰ってしまうのか、とても気になっていたから。

 思えば、流川は来たときからジャージだったし、家もここから近い。部室に寄らず帰宅するのが自然に思えた。けれど、言葉通り暗い部室で流川は待っていた。
「こんなン買ったのか」
 以前はなかったソファベンチに流川は座っていた。靴を脱いで、靴下の足を組んでいる。まだジャージも着ていなかった。
「うん…部費、多くもらったんだ」
 花道に言葉に流川はクスッと笑った。
「テメー…脅したんじゃねぇの」
「そ……そんなことはしてねー……はず」
 また小さく笑った流川から、花道は目が離せなかった。
 窓際に置かれたソファベンチに座る流川の髪が、月の光と外の明かりに反射していた。表情はあまりはっきりと見えなかった。
 すぐに帰る気配のなかった流川の隣に、花道は腰掛けた。
 こうして部室で一緒に静かにいることも初めてだった。花道は不思議な気持ちだった。本来、ここにはいないはずの人物なのに、当たり前の態度で存在している。声を出さずに花道は笑った。
 流川が組んだ足を少しプラプラさせながら、花道の方を向いた。
「テメーん家…今日はいるか?」
 誰かが聞いてもよくわからない質問だっただろう。けれど、花道にはわかる。以前、親がいる、いない、をそう表現していたから。
「うん……いる…」
「……ふーん」
 もしかしたら、と花道も期待していた。流川が自分を待っていたのは、昨日のこと、いや今朝のことだったが、そのお誘いなのかもしれないと。
 流川はそばに置いていたジャージを取り、立ち上がろうとした。花道の想像通りだった。けれど、花道の親がいるそばでする気にはならなかった。だから、帰宅しようと考えたのだ。
 花道はその腕を引いて、流川を座らせた。手のひらに力を込めると、それだけで流川に伝わった。花道の顔をじっと見て、同じように目を合わせるまで黙ったままでいた。
「……ココ部室だぞ?」
 返事をする前に、花道は流川の腕をそのまま引っ張った。今朝たくさんしたキスを、今は自分からしてみたかった。
「…うん…」
 背中を抱かれて、そのまま押し倒される。流川は口の端だけで笑ったけれど、花道には見えなかった。両腕を花道の背中に回すと、花道は勢いづいた。
 また汗くさいまましている、とどちらも思った。シャワーというタイミングもわからなかったし、それらしいムードが切れることの方が嫌だった。
 花道の唇が、耳や首、乳首からおへそに降りていってから、流川の短パンを引きずり下ろした。昨日流川がしていたことを、花道は初めて挑戦した。
「あ…うぅ」
 流川の素直な声に、花道はドキリとする。慣れない行為でも感じているらしい、そう思うと、張り切ってしまう。これで合っているのかと表情を盗み見ようと目線を上げると、流川もじっとこちらを見ていた。流川の悦いところに当たったとき、その腰は揺れて、両目をギュッと瞑る。大きくも小さくもない喘ぎ声を、もっと上げさせたいと必死になった。
 流川が自分の腹部に放って、胸を上下させているとき、花道は自分の短パンを脱いだ。ゆっくりと俯せにすると、膝が床に落ちてしまった。ソファに顔を押しつけて、流川はまだ目を閉じていた。
 もう一度流川の中に入りたい。
 今朝からずっとそう思っていた。
 ずっと怒張したままだった自分を宥め、流川のそこにあてがった。
 グッと押し進めても、やはり簡単には入らない。今朝も、先の方が入っただけで、花道はすぐに流川の中に射精した。今も、1回目よりは進められても、せいぜい半分といったところが限界だった。
「全部入った?」
 流川の様子を気にする余裕もなかった花道は、驚いて顔を上げた。
「あ……イヤ…」
「…ふーん」
 ゆっくりと髪をかき上げて、花道の方に顔を向けた。
 流川がソコに力を込めたのか、偶然なのか、キュッと自分が強く包まれたことを感じ、花道はイッた。

 部室にあるティッシュや救急箱を、花道は総動員した。救急箱は明日の試合のためにマネージャーが持っていて、新しい傷薬を開けた。これを流川のアナルに塗ったとは言えず、これは持ち帰ろうと花道は笑った。
 今朝と同じくグッタリとする流川に、花道はまた膝枕をした。ゆっくりと髪を撫でても、流川は動かなかった。
「テメーは…」
 花道の膝に向かって、流川は小さく言った。
「結構ダイタンだな…」
「……なんで?」
 流川が笑ったことが、手を置いた肩から伝わった。
「明日からどんな顔してココに来るつもりだ」
 そう言われればそうかもしれない。きっともう流川はいない。けれど自分は引退するまでここに来て、真面目な主将の顔をする。着替えたりミーティングしたり、そんなときに今日のことを思い出したりするだろうか。
 花道も小さく吹き出した。
「…さぁな…」

 ゆっくりと起き出した流川の表情を、花道は読みとろうとのぞき込んだ。両手をソファベンチに置いて、体を支えている。痛いだろうけれど、動けるくらいになったと感じた。
 その顔を両手で包み、花道は何度目かわからないキスをした。
 先に立ち上がって、花道は流川の右手を取った。ギュッと握りしめて歩き出すと、流川の体重を感じた。部室を出て自転車置き場までの短い時間だったが、手を繋いで歩いた。花道の胸はとても温まった。
 

2014.10.17 キリコ
  
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