のろい
日曜日の県大会を、花道は主将として集中して導くことができた。いつでも真剣のつもりだが、今は流川が同じ日本にいる。試合の応援は来られないと言っていたが、夜には花道の部屋へ来る約束になっている。こんなところで負けたら、合わせる顔がない。
試合に無事に勝ち進み、花道は帰り道に流川のことを考え始めた。
そういえば、いったいいつまで日本にいるのだろうか。
何も聞いていなかった。そして、どうしてこんなことをしているのか、ということも、聞けないままだった。
自宅で丁寧にシャワーを浴びながら、花道は目を閉じた。
流川は、おそらくアメリカで何らかの経験をしてきている。自分はその代理なのだろうか。
「ダレかと付き合って…る…?」
あの流川に、彼女だか、もしかしたら彼かもしれないが、いるのだろうか。
花道は自分の胸にチリッと炎が燃えたことを感じた。
流川のことを好きだと思ったことはなかったはずなのに、一度でも触れるともう独占した気になっていた。けれど、実際のところは全くわからない。嫉妬している、という自分も許せなかった。花道が夕食を終えた頃、約束通り流川が訪れた。
「ナニ持ってんだ?」
「…コレ、やる」
シンプルだが高級そうな紙袋を差し出し、中身を全部出してみる。紅白まんじゅうやお赤飯、他にもいろいろと入っていた。
「…ナニコレ」
「…引き出物?」
「引き出物? 結婚式にでも行ってたのか?」
「…そう」
流川は座りながら、ぞんざいに答えた。
「だ、ダレの…まさか…オメーの?」
花道は自分でもおかしなことが思い浮かんだと笑った。
それなのに、流川の答えは真面目だった。
「オレまだ17…」
「お…おお…そりゃそうか…」
花道は流川の隣に座った。
「姉貴の結婚式……だから日本に戻ってきた」
「お……おねーさま…」
流川に姉がいることも知らなかった。そして、結婚ということ自体、それほど遠くない未来に現実となる可能性があることに気が付いた。一応、18歳になれば結婚することができるのだから。
「テメーの試合はどうだった」
急に流川が話題を変えて、花道は背筋が伸びた。
「う…うん…勝った」
対戦相手のこと、試合内容、詳しい点数、花道の出場時間など、スラスラと花道は答えた。スコアブックがなくても、花道はかなり正確に記憶していた。
「ふーん」
流川は素っ気なかった。インターハイへの通過点と思っている今、「おめでとう」を言う気にならなかった。それでも、以前の花道とは違うことにもちゃんと気が付いていた。
電気のついた中でじっと見つめ合うと、少し気まずくなった。
これまで、たったこの2日間だったが、なんとなく始めていた。改まると、どう動けばいいのか、花道にはわからなかった。
しびれを切らした流川は、立ち上がって電気を消し、さっさと自分の服を脱いだ。
照れや躊躇いはないのだろうか。
花道は目を見開いてから、慌ててふとんを敷いた。
素っ裸の流川に覆い被さられて、花道は服を脱ぐこともできなかった。ふわりとした触れるだけのキスをされて、思わず目を閉じる。Tシャツの上から何もない胸を揉まれ、乳首を摘まれた。
「ひゃっ」
おかしな声が出て、流川が笑ったことがわかった。
悔しくて体勢を入れ替える。流川がすぐに両腕を巻き付けることが嬉しいと感じるのはなぜなのだろうか。
舌を絡めるキスをして、流川の肩をギュッと掴む。流川の手のひらが花道の頬を撫でて、唇を離すとじっと花道を見つめていることに気が付いた。
流川の耳元に口を近づけると、汗の匂いに混じって石鹸の香りがした。今日は流川もシャワーを浴びてきたらしい。けれど、汗をかきながら花道の家に向かう流川を想像して、花道は心がウキウキとした。あの流川が、自分に会いに来たのだ。
ほんの2日前まで、自分はまだまだずっと童貞の予定だった。卒業するつもりもなかったし、実際に相手もいない。キスでさえ、想像もつかなかったのに。自分はなぜフェラチオをしているのだろう。花道は自分の思いもかけない変化に戸惑った。
昨日の傷薬で花道は潤滑剤のことを思いついた。これを塗った方が挿入しやすいのではないか。
そして実際、花道は自身を流川の中にすべて納めることができた。
「は…はいった…」
ギュッと目を閉じていたらしい流川が、だるそうに右手だけを伸ばし、ソコを確かめた。自分の体に密着する花道の下腹部を撫で、クスッと笑った。
「テメーの巨根もホントに入るんだな」
一瞬、何のことを言われているのかわからなかった。意味がわかっても、流川がなぜ笑うのかがわからなかった。やはり、流川は誰かと自分を比べているのだろうか。
「動ける?」
流川からの質問に、花道はすぐに答えることができなかった。
全く気持ちよくないらしい、と花道は流川自身を見て判断した。それなのに、流川はなぜだか婉然と笑い、花道をその気にさせる。もしも冷めた顔でいられたら、花道ももっと困っただろうと思う。
「う…ごけない…」
「…ふーん」
花道の両膝に流川は自分の手のひらを当てた。逃げるでもなく、押し返しているわけでもないけれど、花道はドキリとした。また流川がキュッとそこに力を込めたことを感じ、花道はまた流川の中に放った。
荒い呼吸を整えている間、流川も黙っていた。
部屋の中に静寂が戻ってから、流川はまた小さく笑った。
「テメー…また中に出しやがったな」
またすぐに流川の言葉が理解できなくて、花道は体を起きあがらせた。
花道が何も言わないことをどう思ったのか、流川はからかうような口調で続けた。
「オレが女だったら、妊娠してるぞ、どあほう」
花道を見上げていた流川が、顔を傾けながら手を口元にやった。
「…にんしん…」
流川が妊娠、いやするわけはないのだけれど。妊娠したらどうなるのだろうか。
そして、そんな単語を使うところを見ると、やはりこれはセックスなのだろうか。
「ゴムくらい使えよ、どあほう」
今更だけど、と付け足して、流川は枕を探した。
「…ごむ…」
それがコンドームのことだと、すぐにわかったけれど。
つい一昨日まで、性的なことは自分には無関係だったのだ。
「も、持ってるわけねーだろ」
花道の語気が強くなった。
「…ふーん…」
日本に戻ってから、流川は何度もその返しをしていた。なぜこんなにイラつくのか、花道にもわからなかった。
「お、オレは、オメーみてーに慣れてねーし、こんなこと…したことねーし…」
花道が唾を飛ばしながら演説する様子に、流川はただ顔をしかめた。
「だいたい…そうだ。いつもはどうしてるんだ。終わったらすぐ抜けばいいのか?」
勢い良く話し続けられて、流川が口を挟む暇はなかった。
「……慣れてる?」
流川の小さな声に、花道は荒くなっていた呼吸を止めた。
自分はいったいいつ流川の中から出れば良いのか、それもわからないと伝えたはずだけれど。
流川が首を傾げて、枕から頭が落ちた音がした。
花道の問いがわかる。わかったけれど、どう答えたら正解なのか。すぐに思い至ったけれど、素直に言って良いものか。いやここは、強がる場面ではない、と流川はため息をついた。
「オレ……全部テメーが初めてだけど?」
「…………へっ?」
流川はウッと呻きながら、ゆっくりと体を少し起こし、肘をついた。
「だいたい、テメーが悪い」
「…な……なんで…」
暗い中で流川が睨んでくるのがわかった。それでも花道は、全部初めて、という言葉だけを頭の中をグルグル考えていた。
「テメーがオレにノロイをかけたからだ」
「……ノロイ?」
また体をふとんに倒しながら、流川は深呼吸をした。
責めたいわけではないけれど、うまく伝えることができない。
呪いはともかく、なぜ自分たちがこうしているか、流川にもわからなかったから。
「別に…テメーのやり方でいいんじゃねぇの」
急に声が穏やかになって、花道は少し身を乗り出した。
「…ルカワ?」
「これは、オレとテメーのやり方なんだ。テメーのやりたいようにすればいい。イヤだと思ったら、オレはちゃんと言う」
誰かの真似をする必要はないと思う。
そして、今のところ、流川は花道のやり方に文句はない。汚れをすぐに拭って、そのあと膝枕をしながら、流川の回復を待っていた。花道は、流川の想像よりも優しい男のようだった。