のろい

   

 花道は、初めてそうした日に思ったように、流川の髪も体も洗った。暗く狭いお風呂場では、動きは制限される。流川は黙ってされるがままだった。
 流川の髪を乾かすことも初めてではない。じっと目を閉じて座っている流川の顔を見て、今日はあまり髭が伸びていないと観察した。結婚式で正装していたならば、当然だろうと思う。
 そのときに、花道は流川の言った「呪い」が何のことか、思い至った。
 やはり、自分が悪いのだろうか。
 花道は天井に目をやった。
「テメー、ズレてるぞ」
 流川の声が聞こえて、ドライヤーの熱がおかしなところに向かっていることに気が付いた。
「うるせー」
 弱々しく言い返して、花道はまた流川の後頭部に視線を戻した。
 最初のキスは花道からした。それまでガーゼで隠されていた右目が、解放されたときだった。
 両目を閉じた流川の顔をアップで見つめると、確かに整った造形だと改めて感じた。眉毛はまっすぐ男らしくて、でも睫毛はとても長い。鼻筋は通っているし、唇も綺麗だ。ほんの少し下唇が厚めでポッテリとしている。そんな風に観察しているとき、引き寄せられてしまったのだ。それは、好奇心だったはずだ。
 けれど、今ならおかしいと思えるのだ。
 好奇心で、男にキスができるものだろうか。

 花道がドライヤーを片づけている間に、流川は持参したTシャツと短パンに着替えていた。背後から花道は近づいて、昨日流川が彩子にしたように、その腰に腕を回した。
「ん?」
 振り返った流川を、今度は両腕で緩やかに抱きしめる。こうやって立ったまま向かい合うと、自分たちの身長差を感じた。
 大きな手のひらを背中に感じ、流川は何度も瞬きした。自分の顎が花道の肩に当たる。この差に覚えがあった。
 花道は、あの3人目の彼に似ているのだ。
「…あれ?」
 あのときは、逆のことを感じたはずだった。
 彼の方が、花道に似ていたのではなかっただろうか。
 身長も体格も長い腕も。顔は全く違っていたけれど。
 目を閉じて背中を意識すると、やはり抱きしめられる腕というものも嫌いではないと思う。やはり、ゲイなのだろうか。いや、どちらかというと女の方が好きだと思うのだ。それでも、花道とセックスしたではないか。
「…バイか」
 流川の呟きは、花道にも聞こえた。
「……はっ?」
 花道の声が耳元で大きく響き、流川は体を横へずらした。それでも腰で支えられていたので、倒れることもなかった。
 時間が経ってから、流川も自分の両腕を花道に回した。ギュッと力を入れると、同じようにされる。こんな穏やかな時間が自分たちに訪れると思わなかった。
「あ…あの…ルカワ…」
 花道が片手を流川の肩に移動させながら、おずおずと言った。
「ん?」
「そ、その……もっかい……ても、いいか?」
 すぐに流川は理解したけれど、とりあえず花道から体を少し離し、真正面から睨んだ。ほんの少しだけれど、花道を見上げなければいけない自分に気が付いた。
「………しょーがねー…」
 大きなため息をついて、流川は俯いた。
 その様子は決して積極的には見えなかった。けれど、流川は嫌なときは遠慮なくそう言うと宣言したし、と心の中で言い訳をして、花道は流川を座らせた。

 もう一度することで何かを見極めようとした、と自分に言い聞かせていた。けれど、実際にはそうしたからといって、何もわからないと思う。
 これまでと違い、部屋の電気を消さなかった。こうやって、自分がセックスしている相手を再確認しようとしていた。
 Tシャツは捲っただけで、脱がさなかった。攻めながら、ときどき流川の表情を伺うと、花道を見ていたり、快感に目を閉じていたり、いろいろだった。流川は何一つ隠そうとはしていなかった。
 自分でもワンパターンだと思うけれど、それ以外の流れに挑戦できるほどの時間は経っていなかった。流川にフェラチオすることも、この短い間にずいぶんと慣れてしまった。流川は、喘ぎ声さえ、抑えようとはしなかった。
 花道が流川の中に押し進んだとき、流川の眉が何度も寄せられることに初めて気が付いた。
 全てを収めきってから、花道は少し前のめりになりながら話しかけた。
「ルカワ……イタイ…?」
 ゆっくりと目を開けた流川はまっすぐに花道を見つめ返した。
「…そーでもねー……けど、苦しい」
「お…おお…」
「とても、「オーイェーッ」とか言う気にはならねー」
 流川が突然叫ぶようにセリフを吐き、花道は驚いた。
「…い、いぇーい?」
「それとも……「桜木くーんイクーー!」とかの方がいいか?」
 次々と思いも寄らない言葉を、演技付きで言われて、花道は固まってしまった。
「な…なんだよソレ…」
 苦しいと言っていた流川が、クスッと笑った。
「よくビデオとかであるじゃねーか」
「……はぁ?」
「テメーは洋モノとか見ねーの?」
「あ……あの…ルカワ…?」
 花道は、流川の話についていけなかった。
 黙ったままの花道を見つめながら、流川はそばにあったタオルケットを引っ張った。それで上半身を少し隠し、端を持って自分の口元を覆った。
「…ジロジロ見んじゃねぇ…どあほう…」
 驚くほど自信のないような声で、流川は目を瞑りながら言った。
 初めて流川の恥じらいらしきものを感じ、花道は流川の中でグッと興奮し、それはすぐに伝わった。
「テメーはこういうのがいーのか」
 またすぐにいつもの流川に戻って、花道は唖然とするばかりだった。
 いったいどれが本当の流川なのだろう。
「も…もうダマレ…」
 花道が流川に密着すると、まだ少し笑っている様子がわかる。こんなにもよく笑う男だったのだろうか。再会してから、流川は何だか楽しそうに見えた。

 花道が自分たちの情欲の跡を拭っている間、流川はじっと目を閉じていた。もう眠たいのかもしれない。けれど泊まるのなら、もう少し起こしていてもいいだろうか。
 花道は力を無くしている流川自身をまた口に含んだ。
「…もーいい」
 頭の上の方から弱々しい声が聞こえたけれど、花道は「イヤダ」ではなかったことを理由に、勝手に突き進んだ。
 これまでより鈍い反応だったが、流川はじわりと腰を動かした。
 花道は投げ出された足の間に手を差し入れて、先ほどまで自分を受け入れていた部分にゆっくり指を進めた。そこの粘着音が自分の精液だと思うと少し嫌な気分になる。けれど、本当に流川の中に放出したんだと実感し、頬が熱くなった。
 確か、指で届く範囲にあるはずだった。花道はついさっき思いついたのだ。
「はっ…あ…」
 突然流川の体が跳ねて、花道はホッとする。すぐにニヤリと顔が笑った。
 指だけで流川を攻めると、悶える様子がはっきりと見える。流川の困った表情や、花道の腕を押しやろうとする指も、ずっと見ていた。
「ヤメロ…どあほう…」
 呼吸がかなり荒くなり、花道は自分も興奮した。
 できれば挿入しているときにこうなれるといいな、と花道は思う。一緒に気持ちよくなることができなかったので、順番に、と決めたのだ。
 明るい電気の中が嫌だったのか、それとも偶然なのか、上半身を起こした流川が花道の頭を抱え込んだ。耳元で呼吸と喘ぎ声が聞こえているけれど、花道は手を止めないようそこに意識を集中した。
 その後、体を仰け反らせながら、手を口元に当てて、流川はイッた。その様を、花道はずっと見つめていた。少なくとも、今の流川は演技ではないと思った。
 

 

2014.10.24 キリコ
  
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