のろい

   

 次の日、二人は朝早く起き出した。花道が朝練のために動き出した音で、流川も無理矢理目覚めさせられた。
「はやすぎ…」
「オレはマジメなんだ。キャプテンが朝練してだな…」
「試合の数日前に酒呑んでるヤツのどこが…」
 花道の言葉を流川はぼんやりしたまま遮った。
「あ、あれは一口だけだぞ!」
 その割りには結構お酒の匂いが強かった気がする。流川は俯きながら、ゆっくりと立ち上がった。

 花道の大量の朝食を流川は遠慮した。けれど、強引に口の中におにぎりと入れられて、しぶしぶ食べ始めた。
「ルカワ…オメー、いつアメリカ帰るんだ?」
「……今日…」
「きょ…」
 花道が口に入っていたものを吹き出したので、流川は嫌そうに手で払った。
「きたねー」
 流川の怒った顔をじっと見つめながら、花道はこの3日間を思い出していた。
 日本に戻ってから、流川はほとんど花道と一緒にいたのではないだろうか。
 そして、突然深い関係に陥った。
「あの…ルカワ…」
「…なんだ」
「その……なんでオレに…会いに…」
 ずっと寄せられたままだった流川の眉が驚いた表情に変わった。
「ああ……ノロイを解くため」
「……ノロイ…」
 またその単語だ。花道はゴクリと唾を飲み込んだ。
「その…どーいうノロイ…?」
「………テメー以外に勃たねー」
 花道は自分がどれくらい目を見開いているのか、想像もつかなかった。
「いいか、どあほう。どれほどメーワクだったか……けどまあ、これで解けたろ」
 昨日まで流川はよく笑っていたような気がするのに、今朝はずっと不機嫌だった。
 流川が迷惑、ということは、やはりそれを誰かと確認する機会があったということだろう。花道の胸はまた嫉妬の炎が燃え始めた。
「べ、別に…オレだけで…いーじゃねぇか」
「はぁ? ふざけんな」
「な……なんで…」
 流川は大きなため息をついた。
「オレはアメリカ、テメーは日本」
 だからセックスできないではないか、という言葉は、流川は口にはしなかった。
 しばらく二人とも黙ったまま朝食を食べた。
 流川がお茶を飲んでいるとき、花道は流川の方を向いた。
 その視線を無視するように、流川はコップを見つめたままだった。
 花道はゆっくりと手を伸ばし、流川の傷に触れた。流川は少し俯いて、少し笑ったように見えた。
「テメーは…こないだからずっと傷に触るな…」
「……そうだったか?」
 ようやく花道と目線を合わせて、流川は呆れた表情をした。
「コレがないと、オレってわからねーのか?」
 そう問われて、花道自身納得した。以前の流川との共通点を無意識に探していたらしい。
「……うん…」
 傷と髪を撫でながら、花道は身を乗り出した。
 目を開けたまま、ゆっくりと触れるだけのキスをする。明るい朝日の中で確かめたので、相手は間違いようもなく、流川だった。
 花道が離れたときに、流川は一度目を閉じた。そしてすぐにいつものきつい瞳を現した。
「これで……もっかいノロイ…」
 目を合わせたまま流川がふっと吹き出した。
「…ふざけんな…どあほう…」
 すぐ目の前で笑顔を見せられて、花道も同じように笑った。
「あと半年……」
「…ん?」
「高校卒業したら……アメリカ行く」
 花道の言葉に、流川は目を見開いた。
「…アメリカ?」
「思いつきで言ってんじゃねーぞ」
 花道は咳払いを一つした。
「その……オレはテメーを倒さなきゃなんねー……夏が終わったら、と思ったけど…」
「オレは…聞いてねー」
「そりゃそーだろ。オヤジと親しか知らねーんだから」
 花道は苦笑した。
「卒業してから行くんだし、別にダレにも言わなくてもよ…」
「…桜木軍団は…」
「うん…言ってねぇ……けど、気付いてるみてーだ」
 今年になってから、誕生日やら季節のイベントをしっかりやりたがる。来年はみんながバラバラになることを感じているからだろう。花道はそんな説明をした。
「英語は…」
「ああ……全然わかんねー……けど、オメーもやってんだし、何とかなるかと思って」
 流川はため息をついた。自分がどれほど苦労したか。
「言っとくけど、オレはテメーを助けたりしねーからな」
「ふ…ふん! そんなの期待してねーよ」

 花道は流川の自転車で登校した。かなり嫌がられたけれど、無理矢理自転車を奪ったのだ。
「テメー電車で行けよ」
「ガッコの近くなんだから、いーだろ!」
 その会話を最後に、二人とも無言になった。
 もっとアメリカのことを聞いておきたいと思ったり、しっかり「浮気するな」と念を押したい。そう思うけれど、花道は言葉にすることができなかった。
「ウワキ……ってのはヘンか…」
 花道の小さな声は、後ろに乗る流川には聞こえなかった。
 流川も何の話題も思い浮かばず、ずっと横を向いてただぼんやりと日本の景色を眺めていた。
 学校の近くで流川は花道の背中を引っ張り、ここまでだと合図を送った。
「じゃーな」
 自分の自転車を取り戻した流川があっさりと言う。花道をじっと見ていたけれど、すぐに漕ぎ出そうとしていた。
 あんなにも濃厚なセックスをしておきながら、ずいぶん簡単な別れだと花道はむくれた。
「ま、待てルカワ」
 強引にハンドルを取って、自転車を止める。周囲はまだ生徒もいなかったけれど、ここは天下の往来だった。もうキスもできないし、おかしな言葉も出すことはできなかった。
「その……半年…な?」
 真剣な花道の顔に、流川は無表情を返した。
「……半年以上じゃねぇか…」
「と、とにかく! な!」
 以前の自分なら、「テメーには関係ねー」と言っていただろうと思う。けれど、今回のことは手を出した自分がおかしいと、自分で呆れたので。
「…わかんねー」
 花道から目線を逸らして、流川はいつもより小さな声で呟いた。


 

2014.10.24 キリコ
  
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