奇 跡
流川が住んでいるアパートに、花道が転がり込んできた。流川より一年以上遅れてアメリカにやってきた花道は、最初は別の国の人とルームシェアをしていた。そのシェア相手のガールフレンドが花道にモーションをかけたために、花道は追い出されてしまったのだ。
「オレは何も悪くねーのに」
何度もそう言いながら、花道は荷物を散らかし始めた。
流川のシェア相手がたまたまいなかったのがラッキーだったと花道は思う。たとえ憎たらしい相手であっても、すぐに住むところが見つかったのだ。
「新しいとこすぐ探せ、どあほう」
「……金ねーし」
同じチームにいても、日頃話すこともない。相変わらず犬猿の仲の二人の同居が始まった。二人ともアメリカでの生活に慣れても、恋愛には疎いままだった。コミュニケーションは取れても、外国人男性のように愛を囁くことができない。
「よく照れもせず言えるなぁ」
たくさん告白してきた花道でさえ思う。こちらの女性とお近づきになるには、情熱的に口説かなければならないらしい。もしかしたら、そうではない女性もいるかもしれない。けれど、チームのパーティでダンスも出来ず、軽いジョークを飛ばしたり、ウィンクすることもできない二人には、なかなかガールフレンドが出来なかった。
「オメーは日本人にはモテてたよな」
花道が流川を指さして笑う。
「テメーはどこでもフラれ続けてんだろ、どあほう」
お酒に酔うと言い合いを始めてしまう。二人ともよく飲むけれど、悪酔いではない。けれど、いつも以上に遠慮がなくなった。そんな生活を一年以上続けていて、流川はあまりの居心地の良さにため息が出た。男同士の気楽さにだけ慣れてしまい、ますます女性と縁遠くなっていく。恋愛に熱心ではない流川でも、そろそろ「男」になりたい欲求があった。
花道とは今でも喧嘩ばかりだった。同じようなことでくだらない言い合いをする。「フン」と顔を背けあって、互いの部屋に帰っていく。それでもご飯を一緒に食べるようになり、ときにはアダルトな話もする。客観的に見ると、とても親しい友人のようだった。
女性とデートに出かけたときのエネルギー消費を思い出すと、ドッと疲れる。家に帰ると花道とダラダラのんびり過ごせることが楽だった。チームのこともバスケットのことも、たくさん話すことができる。
「桜木といるのが良くねー」
流川はそう結論付けて、シーズンが始まる前に、花道に切り出した。
「テメーが出てかねーなら、オレが出てく」
「……あん?」
「そろそろ同棲するかな…」
「だ……ダレと?!」
「…テメーには関係ねー」
流川の頭の中には具体的な女性がいたわけではない。出ていく理由を他に思いつかなかっただけだった。
ダイニングテーブルで向かい合って座っていた花道は、しばらく中腰のまま呆然としていた。
「お、オメーそれ……オレにどれだけメーワクか、とか思わないワケ?」
「…知るか、どあほう」
「金ねーのに、シェアいなくなったら困るだろ?」
「……だから、オレの知ったことか」
「だ、ダメだ! 出ていかせねー」
花道は金銭的に困ることも事実だったけれど、流川と同じようにこの居心地の良いと感じる空間を手放したくなかったのだ。
「テメーが決めることじゃねー」
「いや……勝手に決めたら賠償モンだろ」
「…ふざけんな、どあほう」
「…もし……どーしても出ていきてーってんなら…」
花道がようやく椅子に座ってニヤリと笑った。
「お、オレにキスできたら、出てってもいーぞ?」
「………どあほう…」
テーブルに肘をついていた流川は、俯いて笑った。
「そんな条件、聞いたことねー」
「……じゃあ賠償金払え」
「…ダレが払うか…どあほう」
「ケッ…どーせ、キスもしたことねードーテイだもんな…ムリだよなぁ」
花道のバカにした態度に流川はイライラし始めた。
「…勝手なことばっか言いやがって…」
ため息をついた流川は、椅子からゆっくりと立ち上がった。
花道の胸ぐらを掴んで引っ張り、流川は花道に触れるだけのキスをした。
「…これでいーんだろ…どあほう」
ずっと流川の動きを見ていた花道は、その言葉で我に返った。
「ば…ば…バカやろう…そんなんガキのキスじゃねーか」
動揺したことを気付かれたくなくて、花道はかえってどもってしまった。
流川も、花道がただ煽っているだけだとわかっている。けれど、負けたまま終わることは不本意だった。
椅子をガタンと後ろ足で蹴飛ばして、流川はテーブルの横に立った。お尻の半分をテーブルに乗せて、花道のうなじに手のひらを添える。少し力を入れて抑え、流川は覆い被さるように花道にキスをした。先ほどよりも長く、唇に力を込めた。
お互いにお酒の匂いがする。そう思った。
明かりの下にある流川の頭部は、顔が影になって表情が見えなかった。花道は自分の見開いた目を慌てて閉じて、今度は花道からキスをした。
花道はキスをしたまま勢い良く立ち上がり、右手を流川の腰あたりに当てた。テーブルに腰掛ける流川を見下ろしながらだと、先ほどよりも興奮した。ライトの下で、流川が目を閉じているのがはっきりと見えた。
そのままテーブルから降りた流川と向かい合うと、ほとんど身長差がなくなった。少し口を開くと、相手も同じようにする。ときどき首の角度を入れ替えて、お互いの舌を絡め合った。
花道が両手を流川の背中に回すと、流川の空いていた左手が花道の脇腹をキュッと掴む。その仕草に、花道の胸が鳴った。右手は首に添えられたままだった。
お互いの呼吸が荒くなっていくと同時に、花道は流川をもっと自分に引き寄せた。片手で流川の肩を掴み、ギュッと抱きしめる。流川が両腕を花道の首に回し、少し背伸びをした。
密着した体を押しつけ合うようにしながら、花道は少し体をずらして、流川の体を持ち上げた。テーブルの上に流川のお尻を乗せて、ゆっくりと体を横たえる。ずっと唇は離さなかったし、首に回された流川の腕もほどけなかった。流川に覆い被さった花道は、一度顔を上げて流川を見下ろした。
ほんの少し目を開けた流川が、じっと花道を見つめていた。唇が唾液に濡れて艶めいて見える。口が少し開いたままの頼りない表情に、花道は驚いた。
「…ルカワ…」
なんとか平常に戻ろうと声を出したけれど、あまりにも掠れた声に自分で驚いた。
こんなにも興奮するとは思わなかった。
花道の首にあった流川の右手がゆっくりと降りていき、強く勃起している花道を掴んだ。
「ナニ興奮してンだ…どあほう」
流川が意地の悪い笑顔を浮かべた。
少し動揺しながらも、花道はすぐに仕返しをしようと躍起になった。
同じように流川自身に触れて、手のひらを上下に擦った。
「ふん、オメーこそ…フル勃起じゃねーか…ガマン汁もらしてんじゃねーのか」
花道の卑猥な言葉に、流川の頬は少し熱くなった。
「…うるせー…タマってただけ…」
抜いてくる、と流川は花道とグイと押しながら言った。あからさまな言葉に、花道もドキドキし始めた。
スタスタと部屋へ向かう流川の背中を見つめながら、花道はもう一度動揺した。完全勃起で動けない自分に比べて、流川はまだ歩く余裕があるということだろうか。
そして、部屋へ逃げ帰った流川がドアを閉めた瞬間に射精してしまったことを、花道は知らなかった。
「…案外ヨカッた…」
お互いがそう思ったけれど、もう二度とするものか、と同時にため息をついた。
2015. 4. 8 キリコ
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途中のあとがき…小説ってどんな展開で書けばよいのか毎回頭を悩ませます。
時系列がいいのか、ちょっと先の話から振り返るか…とかですね。
実は、この1話だけ一年前くらいに書いて放置してましたw
「うおおおギャグっぽい話書けたんでは!」と
ちょっと喜んだりしたんですが、つい続けてみたら
地味な話になりました。たぶん。
結末まで決まっているので、のんびり更新していきます。
よろしければお付き合いくださいませ〜