奇 跡
それから一週間ほど経った休日の前夜に、花道はまた出かけた。あれ以来家にいることが多くなり、電話もしていなかったのに、と流川は意外な思いだった。
楽しそうではない付き合いを続ける花道を理解できなかったし、今晩は時間を気にせず二人でゆっくり過ごすのかと考えて、流川はまたイラッとした。
これまでも、花道は外泊はしていない。流川がそう思っているだけで、実は朝帰りなのかもしれないけれど。何しろ花道が帰る前に流川は寝ているから、気付いていないだけかもしれない。朝はいつも通り花道がいたので、そう思い込んでいた。
「朝帰り…ナマイキだ…」
久しぶりの一人の夜に、流川はまた独り言を呟いた。寝る前にアダルトビデオでも観てみるかと付けてすぐ、流川は花道のことを想像してしまった。実際に今頃こうしているのかも、と思い始めたら、もうビデオを観ることは出来なかった。
また不快な気持ちになりながら、流川は洗面所に向かった。
「もー寝る」
後頭部の髪を乱しながら、流川はゆっくりと歩いた。
そのとき、玄関のカギの音が聞こえ、流川はビクッとなった。
洗面所のドアを閉めて、気配をうかがう。花道だと確認するまで、流川は少し構えた。
「なんだ桜木か」
そう口にして、ホッとした。歯ブラシを取ってから、深呼吸をした。
ほどなくして上着を脱いだ花道が洗面所に来る。たいして広くないところだけれど、二人並んで使うことも珍しくはない。俯いて表情は見えないけれど、お酒の匂いを強く感じた。
「酔っぱらいめ…」
そう呟きながら、流川はほんの少し体をずらした。
花道のうがいやら洗顔を見ながら、流川は花道から香水の匂いがないことに気が付いた。以前部屋に来たときに結構な残り香があったのに。デートのときに付けないのか、いやそんなはずはないだろう。シャワーを浴びてきたのかと思い至って、流川はまたイラッとした。
花道がタオルを使っている間に、流川は口を濯いだ。イライラする気持ちに気付かれたくなくて、流川はずっと無言のままだった。
立ち去ろうとした流川の腕を、花道が力強く掴んだ。
「イテッ」
わざとそんな声を上げてみたけれど、花道はおかまいなしだった。
空いている腕が流川の腰を抱きしめて、体を真正面に向けられた。すぐ目の前にあるのに、流川には花道の表情が見えなかった。リーゼントにしている髪が乱れ、目元が暗かった。
「桜木?」
その問いかけは、花道の唇で止められた。勢いのあるキスに流川は仰け反って逃げようとしたけれど、花道の大きな手のひらで後頭部を押さえられる。じりじりと体を動かして、しだいに洗面台にお尻を乗せた。少し見下ろすようにしても、花道はキスを止めなかった。背中をギュッと抱きしめられて、自分の両腕が邪魔になってしまう。流川は以前のように花道の首に腕を絡めた。キスは久しぶりだった。そして、体が興奮していることにも気が付いていた。
これが確か花道との3度目のキスだったと思う。ある程度キスしたらお互いが離れていた。
その夜、花道は流川をそのまま抱き上げた。流川は慌てて両脚を花道に巻き付けたけれど、いずれにしても腰に負担がかかるのではないかと危惧した。
「降ろせ、どあほう」
耳元で怒ってみるけれど、花道はそのまま自分の部屋に歩いていった。
花道のベッドに下ろされて、流川はようやく事態を理解し始めた。
「待て桜木」
何かを言おうとすると、花道に止められる。誰かと一緒にベッドに入るのも初めてで、覆い被されることも当然だった。けれど、相手は花道で怖いことは何もなかった。花道の方が力強いけれど、本気で殴ればいい相手だった。
両手で押し返そうとして、その腕を上に抑えられる。バンザイをしながら花道の表情をうかがうけれど、リビングからの明かりしかない部屋ではやはり見えない。これまでのじゃれたキスとは違うんだな、とゴクリと唾を飲み込んだけれど、やはりこれはおかしいと首を振った。
「ヤメッ」
どう言葉を変えようと、花道がそれを塞ぐ。花道の空いている右手が流川の体を撫で始めた。上の方にある肘から立てている膝まで、ふわふわとくすぐるように滑っていた。身を捩っても、花道の巨体が近くにあって、たいして動くことはできなかった。元々狭いシングルベッドだ。ほぼ重なるしかできないと思うのに、流川は花道の重みをそれほど感じていなかった。
花道の右手が滑りながらも左の胸で何度か止まった。ゆるく揉むような動きをして、また膝へ向かう。それがだんだん乳首に軽く触れながら、になり、流川は自分の乳首が立っていることに気が付いた。キュッと摘まれたときに、初めて声が出た。その声は花道の口の中に伝わっていた。また離れた指にホッとしたのもつかの間、今度は服の下に滑ってきて、直接刺激を与えられた。声を我慢しても、どうしても腰が揺れる。こんな襲われているような状況で感じるもんか、と思うのに、体はいうことをきかなかった。
ようやく唇を離した花道が、すぐにその乳首をくわえた。
「あ…あ…」
流川の口からあられもない声が出て、慌てて自分の腕で蓋をした。ぬめっとした温かさに包まれて、舌でつつかれるとまた腰が浮く。顎あたりに花道の髪の毛を感じ、不思議な気持ちだった。
花道は、自分を抱きたいのだろうか。
それとも、誰かと間違えているのだろうか。
そして、何の躊躇いもなく愛撫を続ける花道に、経験者の余裕を感じてしまい、またイライラが出てきてしまった。
間違えられるのも不本意だし、練習台なら真っ平ごめんだ。
「ヤメロ…桜木…」
自分の声が自分のものではないと思うくらい甘い声だった。一応抵抗した。抱かれたいわけではないのに、花道にみじんも恐怖を感じない流川は、ただただ快感に流されていた。
どんな理由でも良いから、とりあえず今は射精させて欲しいと強く願った。
乳首を舐めながら、花道の腕が流川の立てた膝あたりで止まった。これまでずっと脇腹やら外側を撫でていた腕が、初めて太ももの内側に降りてきて、流川はホッとした。期待で腰をモゾリとしながら、なんとなく膝を閉じてしまう。花道の指は、流川の勃起したペニスの真下あたりに突き刺さるようにして止まった。
もうすぐ他人に触れられるというドキドキとワクワクで、流川は力強く目を閉じていた。顎をあげている自分に気が付いて、とりあえず通常の位置に戻す。花道が止まっているのは焦らしなのだろうかと思うと腹が立つけれど、自分から促すこともできなかった。
しばらく経っても、花道は動かなかった。
もしかしてここで寝たのだろうかとうっすら目を開けると、至近距離で花道と視線が合った。花道は戸惑ったような驚いた顔をしている。
「…ルカワ?」
いつものような声で問いかけられ、流川はボッと頬が熱くなった。
羞恥心やら後悔やら怒りなど、すぐにいろいろな感情が浮かび上がって、流川はまたギュッと目を閉じた。この場合、自分に非はないはずだ。だから、花道を責めればいいと思った。
「どあほう…やっと目が覚めたのか」
できるだけ冷静な声で、と努力した。
「あれ…オレ…」
「とにかく! テメーがオレをここに引っ張り込んだんだからな!」
だから、花道が悪いのだ、というところを強調した。実際、流川が自ら望んだことなど何もなかった。最後の射精以外は。
上半身を勢い良く起こしながら、流川は花道の肩を押した。流川が立ち上がる前に、花道が流川の分身を力強く握った。
「イテッ」
未だ勃起したままのそれは、薄い布越しでは形まで見えそうだった。流川は寝るときには下着ではなく、古い短パンやトレーニングパンツを履いていたから。
「はなせ、どあほう」
流川は腰から砕けそうになった。布越しとはいえ、自分とは違う体温に包まれて、悦んでいる自分を持て余した。
先ほどのように流川を座らせて、花道は流川の横にあぐらをかいた。
「その…ごめん…これ責任とる」
いらない、と答えようとした口を塞がれて、流川は両腕を後につけた。キスをしながら、直接自身に触れられて、流川は涙が滲むほど興奮した。すべての快感の声は花道の口が受けて、射精の瞬間だけ流川は首を縮めた。唇が離れると、自分の喘ぎ声が聞こえ、ますます恥ずかしくなった。
苦しいほどの荒い呼吸を整えているとき、花道が「ルカワ」と呼びながら、チュッと音を立てたキスをした。