奇 跡 

 

 次の日、二人とも練習後に出かけなかった。家に入った瞬間からおかしな空気が流れたけれど、二人とも何気ない様子を心がけていた。夕食も終え、順番にシャワーを浴びる。いつも通りだけれど、例の時間が近づいてくると思っただけで興奮し始めた。
 先にシャワーを終えていた流川は、昨日の花道のようにテレビの真正面に座っていた。ニュース番組が映っていたけれど、内容は入ってこない。腕も足も組んで、テレビを観るポーズを作っているだけだった。
 そろそろするんだろう、と思うけれど、どのように開始すればいいのかがわからない。流川はこれまでの数少ない自分たちを思い出した。いつでも花道が流川を抱き上げて、そのままベッドへ移動していた。
 果たして今日はどうするのだろうか。声をかけて歩くのだろうか。
 しばらくしてシャワーを出た花道が近づくてきた。流川は気のないフリをして、テレビから視線を動かさなかった。
 ふと顔が影になり、花道が流川の右側まで回り込んだことに気が付いた。流川が顔を上げる前に花道が屈み、次の瞬間には体が浮いた。
「え?」
 驚いた声が素直に出て、状況にもっと驚いた。これは確か、お姫様抱っこというやつだ。
「や、ヤメロ、どあほう」
 自分を抱え上げる腕力にも驚いた。けれど、普通の抱っこよりもはるかに負担が大きそうだ。
 花道が無言のまま自分を下ろしたので、流川は花道と向かい合った。
「テメーはオレが何キロあると思ってンだ、どあほう」
「えーーーーっ…70くらい?」
「ふざけんな」
 お互いの体重はちゃんと知っているはずだった。今の流川は80kg以上ある。もう高校生ではないのだ。
 そこで会話が止まって、流川はハッとした。せっかく花道から誘う形だったのに、流れが止まってしまったのだ。花道も少し困ったように見える。抱き上げるたびに怒られるので、どうしたらよいのかわからなくなった。一緒に並んで部屋に向かう姿は、全く想像できなかった。
「お…オレは歩ける」
 似たようなことを考えいた流川が、おかしなことを宣言した。けれど、どちらもその一歩が踏み込めず、ただ立ちつくしていた。
 一度自分の髪をクシャクシャと乱してから、流川はそばの椅子に乗った。そのまま花道の肩に手のひらを置くと、伝わったらしい花道が流川の真正面に移動した。
 かけ声がなくても、タイミングがわかる。なぜわかるのかは二人とも謎だった。
 流川が花道に体重を預けたとき、花道の両腕が流川の腰と臀部に巻き付けられた。結局、これまでのような抱っこで、花道は自分の部屋へ向かった。

 
 それからしばらくの間は、毎日お互いに触れあった。花道は流川に手や唇で触れてまるで愛撫のようだったけれど、流川は花道のペニス以外には触れようとしない。花道がそのことに気が付いたのは、2週間ほど経った頃だった。
「まぁ…アレの延長…っつってるしな…」
 花道が触れることはオーケーらしい。けれど、流川はいつでも花道の下にいる。
 ほんの少し寂しい気もするけれど、男に組み敷かれることも特に望んではいない。ただ、お互いに刺激し合う、というものが足りない気がするのだ。
「まるでオレだけしてーみたいじゃん」
 実際そうなのだろうか。流川は自分をそういう相手としては見ていないということなのだろうか。
 その夜、花道のベッドの上で流川に尋ねた。
 初めて流川を自分の上に座らせて、寝転がったまま流川を見上げていた。
「オレは抱きたいと思うヤツにしかしねー」
 なるほど、と思ったけれど、同時に悲しくなる。
 なんとなく空気がしんみりしてしまい、二人ともが固まってしまった。
 しばらくして流川が花道のペニスをしごき、そのまま頭を下げていった。
「ルカワ?」
 その動きを見ていた花道は、強い刺激を感じて首を仰け反らせた。何が起こったのかすぐに理解できなくて、必死に首を起こして下半身を見る。
 もしかしてフェラチオというやつか。花道はすぐに顔が熱くなった。
 目を閉じて堪能しようと思った矢先、流川が口を離してしまった。もう一度、とお願いしたいところだけれど、呼吸が荒く、うまく話すことが出来なかった。
 流川がまた手のひらを使ったのを感じ、花道は目を開けた。
「そ…それはいーのか?」
 花道の曖昧な聞き方でも、流川はちゃんと答えた。
「女にコレはねーからな」
 どういう理屈だろうと呆れてしまう。以前も感じた流川の線引きがどこなのか、未だにはっきりしない。女性とできることは花道とはしない、という意味なのだろうか。それならば、キスはおかしいではないか。
 ゴチャゴチャと考えているのに、花道の興奮は収まらなかった。ただ愉しもうと言われているのなら、花道にも否やはない。思ったことを言葉にして、お互いやりたいようにすればいいと決めた。
「ルカワ…さっきの気持ちヨカッタ…」
 うっとりとした声を出した。これはおねだりだった。
「チッ」
 ベッドの上で舌打ちされて、花道は少しムッとする。それでも流川はまたフェラチオを再開した。世の中にこんなにも気持ちの良いことがあったのか。花道はまた力強く目を閉じた。
 少し勇気がいるけれど、後で流川にもしてやろうと思う。何しろあの流川が自分にしてくれたのだ。それが恐ろしく貴重なものに感じた。

 

2015. 4. 24 キリコ
  
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