奇 跡 

 

 翌朝、流川はお昼頃まで起きてこなかった。出て来にくいのかと思い、花道は静かに部屋を覗いたが、何度見ても寝ているようだった。昨日花道が貸した花道の服を着たままで、ふとんをめくると下は裸のままだった。いつもは必ずシャワーで流しているのに。よほど疲れたようだ。一度は寝かけたのに、慌てて起きてフラフラと部屋に戻っていった。流川は部屋に泊まるつもりはないのだということにようやく気が付いた。花道は一緒に寝たい気持ちになるときもあったけれど、実際にシングルベッドは二人には狭すぎた。
 流川は起きたあともほとんど話さず、ぼんやりとしていた。黙ったまま花道の用意したご飯を食べて、そのままリビングに座っていた。ときどき電話がかかってきて、お祝いを言われているらしく、それから他の誘いがあるからと断っている。実際の流川は部屋着のままで、出かける様子はなかった。
 怒られるようなことをしたつもりはないけれど、もしかしてショックを受けているのだろうか。特に花道を嫌がっているようではない。椅子を並べてテレビを観ている。
 結局、夜になっても流川は動かなかった。夕食も家で食べた。
 夜遅くにかかった電話を花道が取り、流川に取り次いだ。
「ルカワ…ジャネットから」
「……だれ?」
 首を傾げた流川に、花道は驚いた。
「昨日…オメーが一緒にバスルームにいた子」
 これまでの電話のときと同じように、流川はだるそうに立ち上がり、ボソボソと応答し始めた。
 電話番号を教えたのだろうか。その割りには名前さえ覚えていないようだった。昨日、二人でこもっていた間、花道はドアを見つめていた。もっと早くに声をかけたかったけれど、周囲に絡まれていた。バスルームから出てきた雰囲気はそんな関係を匂わせたけれど、実際どうなのだろうか。花道はずっと気になっていたけれど、確認することはできなかった。けれど、流川が名前も覚えられないような相手とするだろうか。
 その後、電話を切った流川はそのままシャワーに行った。出かけるのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。
 流川の誕生日にずっと一緒にいたことになった。ずっと二人きりでいるとは思わなかった。面と向かってお祝いは言えないし、ケーキも何もない。流川は単に出かけるのが億劫なだけかもしれない。それでも、花道はなんとなく嬉しかった。

 今夜は、なのか、今夜もになるのか。花道は流川の誕生日にプレゼントなど用意したことはない。今年もほんの少し悩んだ。以前とは違う関係になっているけれど、だからといって恋人でもない。友人同士のように軽く何かを渡せれば、と思うけれど、それもうまくいかなかった。だから、印象深いことをしようと考えた。
「まぁ…とんでもねートコだけどな」
 何度もそう思ったけれど、そういうお店もあるくらいなのだから、きっと気持ち良いに違いない。果たして自分に出来るのかはわからなかった。誰かの体の中に指を挿入するのはこれが初めてで、ほんの少し勇気がいった。
 流川は逃げるそぶりを見せたけれど、その後見たこともないほど乱れた。悶えるというのか、苦しそうにも見えるほどだった。花道にありったけの力でしがみついて、少し怖がっていたのではないだろうか。また殴られるかなと思ったけれど、すぐに2回目を始めて、ウヤムヤになった気がする。
「いつも1回だけ」
 1回だけはお互いにアリだけれど、2回目は各自だった。昨日だけは2回ずつだった。
 具体的な内容を思い出すと花道の頬は熱くなった。同時に下半身にも熱がこもる。日中の流川の様子が見たことがないものなので、どちらなのか花道にもわからなかった。
 俯いていた花道の周囲が影になって、流川がそばに立ったことに気が付いた。顔を見上げても無表情で何を考えているのかわからない。けれど、部屋に行こうというオーラが出ているのを感じた。
 花道は椅子を倒しながら立ち上がり、流川を抱きあげた。流川もタイミングを合わせて飛ぶ。背中をギュッと掴む流川の指が昨夜のことを思い出させた。
「あの…オレ風呂まだ…」
 こういうとき、世間ではこんなことを話すのだろうか。絶対にシャワー済みでなければならないというわけではないだろう。今日は外出していないので、それほど汗はかいていない。けれど、流川のようにせっけんの良い匂いがする体にはなっていない。
 流川は無言のままだった。降りようとしないので、了解ということだと判断した。
 しばらくは恐る恐る流川に触れていた。どこまでして良いのだろか。今までと同じ事をしたがっているのか、それとも昨夜のことをして欲しいと思っているのだろうか。
「もう少ししゃべってくれればなァ」
 思えば、流川はあからさまな単語を出して、ムードをぶち壊していた。それが、今日は無言のままだ。
 花道は意を決して、流川のアナルに触れた。
 流川の体がビクッと跳ねたので、やはり怖いのだろうかと考えた。
「あの……これ…痛かった?」
 薄暗い中で流川がすぐに首を横に振ったのが見えた。
「その……コワイ?」
 こんな言葉を流川に尋ねることがあるとは思わなかった。
「……こわくない」
 小さな声で答える流川に花道は戸惑った。もっとあからさまに「悦かったんだろこのヤロウ」とか、言える自分なら良かったのに。こと性に関しては、花道はできなかった。
「じゃあ…またしていいか」
「……たまになら…」
 なんだ、やっぱりして欲しいのか、と花道はホッとした。
 流川が放り出していた両腕を花道の首に絡め、花道をじっと見つめ始めた。薄暗いのではっきりとは見えないけれど、こちらを見ていることはわかる。
「テメーは……やっぱりホモなんだな」
 もう何度目だろうか。ようやくいつもの流川に戻った気がした。
「ば、バカヤロウ! ふつーの人だって指くらい…その…」
「…どこにツッコンでのかわかってンのか…どあほう」
 花道は急に話題を変えた。
「なぁルカワ…今日オメー何回おめでとう言われた?」
 流川は少し目を見開いて、すぐには答えなかった。
「…何の話だ」
「結構デンワあって、オレぁ驚いたぜ」
「……だからなんだ」
「何回…キスされた?」
 花道の問いがよくわからず、流川は黙ることにした。
 それから花道が何か聞いていたけれど、流川は違うことを考えていた。
「最初のキスはテメーだ……って言えばいいのか?」
 流川から質問とは違う問いをされて、花道はウッと黙った。
 自分の誕生日に一日中誰かと過ごすのはこれが初めてだった。日本にいたら親戚が来たりお参りに出たり、またはランニングに出ていた。これほど何もしない日も珍しい。花道とずっと二人きりでいることを、流川はたぶん無意識に選んでいた。
「プレゼントもくれねーヤツに、オレはやらねーからな」
「え! なんか上げたら、オレにくれるのか?」
「……だから、もうやらねーって」
「お、オレの誕生日……知ってる?」
「………知らねー」
 本当は知っている。とても覚えやすくて、高校生の頃から覚えていた。
「4月1日だから! いま覚えろ!」
「……うるせー…どあほう」
 花道はムッとして、流川のアナルへの刺激を再開した。
 また流川の体が驚いて、花道にギュッとしがみついた。それから無言になって、喘ぎ声を何とか抑えようとしている。
 もしかして、今日一日照れていたのか。
 そう思うと、花道も何となく照れてしまう。頬が熱くなって、どういうわけが胸が痛くなる。
 これは恋ではないはずなのに。
 花道は自分のしがみつく指を感じながら、流川の腰を強く抱いた。 

 

2015. 5. 15 キリコ
  
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