奇 跡
流川の「たまになら」発言の後、どの程度の感覚が良いのか花道にはわからなかった。花道なりに遠慮しながら考えて進めても、流川は一度も拒否しなかった。
「もっと……ってもいいのかな」
花道の頬は熱くなった。3月の上旬頃、流川はしばらく前から感じていた疑問を口にした。結局はしようとして出来なかったけれど。
「テメーはもしかして……」
最近の花道の指がおかしいと思う。まっすぐに前立腺を刺激するのではない。探している風でもないのに、長く指を挿入していた。
花道もすぐに流川の質問がわかった。隠すつもりではなかったけれど、話すチャンスもなかったのだ。
「うん…その…それ…」
花道の曖昧な表現でも、流川の想像と違わないことが伝わった。
「えーっと、オレの誕生日に…な?」
「……な?じゃねー……どあほう」
花道は上半身を起こしながら首を傾げた。
「…ダメか…?」
「……イヤに決まってンだろ…」
「えーーーーーっ」
薄暗い中で、花道がむくれた顔をしているのを感じた。未だに花道の指は流川の中に入ったままだ。
「じゃあ……オレの部屋に泊まって」
「……イヤだ」
「どっちもイヤって……どっちかにしろよ」
流川はプッと吹きだした。なぜその二択なのだろう。花道に主張する権利があると思っているところがおかしかった。
「テメーは……本格的にホモになったんだな」
花道も小さく笑った。
「もうそれでいいぜ」
これまで頑なに否定していた花道がそんなことを言った。
「…だからってワケじゃねーけど…」
「……あたりめーだ…テメーがホモでもオレには関係ねー」
「うん……そーなんだけど…」
花道は相変わらず指を入れたまま、体も動かさなかった。
「あのなルカワ…」
「……なんだ」
「オレのはじめて…もらって」
語尾が弱い声で上擦っていた。流川はすぐに理解できなかった。
「……なんだって?」
流川の声もおかしかった。思いもしなかった言葉に流川は動揺した。
しばらく考えをまとめようと流川は黙ったままでいた。
花道はまだ童貞だったのだろうか。本当のことなのか、確かめようはないし、確認もしたくなかった。けれど、わざわざそんな嘘をつくとは思えなかった。
流川は力強く目を閉じて、深呼吸した。
「オレは……この部屋では寝ない」
それが流川の選択だと、花道はすぐには気付かなかった。流川の部屋でこういうことをしたことはなかったし、一緒に寝たくないという点では部屋は関係ないだろう。それにしても、そんなに一緒に寝るのは嫌なのだろうか。
「……ってことは…」
「痛かったらすぐヤメロって言う。そのときは絶対止めろ」
「お、お、おう…」
二人ともその夜は続きをすることが出来ず、初めて何もしないまま夜が終わった。3月31日の夜、いつも通りに過ごしていた。
流川は花道がやけにしつこいとは思っていた。明日が休みだからか、時間をかけていると感じた。
「あ!」
花道が突然大声を出した。
「…驚かすな…どあほう」
「アレつけねーとだよな」
そう言いながら花道が体を離した。まだ二人とも射精していない。
「……アレ?」
「ルカワ、電気つけて」
ベッドの足下に座っている花道が、ベッド脇のライトを指さしているのがわかった。
流川は首を傾げながら、電気をつけた。点灯してもたいして明るくならなかったけれど、いつもよりははっきりと見えるようになった。
花道が手にしているのがコンドームの箱だと、持ったことがない流川にもわかった。真新しいらしく、ビニールの細い部分を引っ張って、箱をつぶす勢いで開けている。書かれている文字が日本語だった。
「桜木……明日じゃなかったのか…?」
「え…? 4月1日だぜ?」
「……今日は31日だろ…」
「だから…もう日付が変わるんだって」
流川の覚悟は空ぶった。明日の夜だと思い込んでいたので、不意を付かれた気分だった。
「前は……それ使わなかったのか?」
「………前って?」
花道がコンドームそのものをひっくり返しながら問い返した。
「…なんでもねー…」
花道はあのグルーピーとしていなかったのだろうか。もしかしたらそのときは別のコンドームを使ったのかもしれないけれど。
「なんで日本語のヤツなんだ」
「ああ…コレな。洋平たちが日本出るときくれたんだ」
流川は久しぶりに桜木軍団の名前を聞いた。
「……テメーがアメリカに来て何年になる…」
「…2年?」
「それって……大丈夫なのか…」
「…こーいうのって賞味期限とかあるのか? ゼリーも別に大丈夫だったろ?」
その単語はおかしいと思いながら、流川は箱を取り上げた。
「テメー……それ逆じゃねーのか…」
箱にある説明書を読みながら、二人でじっとコンドームを見つめる。なんとなく流川は笑いたくなってきた。
「オメーも練習しとく?」
「……いらねー…」
「よし! こ、これでいーはず」
花道一人が興奮している。流川は完全に萎えていた。
電気を消して、花道は流川をギュッと抱きしめた。
「日付変わったぞ、ルカワ」
「………で?」
「…おめでとうは?」
「……知るか、どあほう」
耳元で少し笑いながら言う流川が可愛く見えて、花道もつられて笑った。やっぱり甘い空気にならない。花道は流川を盛り上げようと一生懸命になった。最初は触れるだけのキスをした。20歳の誕生日の最初のキスは流川だ。それ以外には考えられなかったけれど。
すでに長い時間かけてアナルを刺激していた。流川はこれまでのように強く射精した。
呼吸を整えることに必死の流川の膝を持って、花道は足の間に体を置いた。
「あの…い、いくぞ…ルカワ」
その言葉に、流川が目を勢い良く開けた。薄暗くても、流川の顔をじっと見ていた花道にはわかった。
流川は無言のまま、体をうつ伏せにした。その際、膝が花道の顎にぶつかった。
「イテッ」
「……そっちはイヤだ」
「……は?」
顔を枕に埋めて、流川は腰を上げた。まさかこの体位でと言われるとは思わず、花道は少し呆然とした。
「お…オレは、さっきの方が…」
「…あんなカエル……イヤだ」
以前、アダルトビデオを観ているとき、そんなことを言っていたことを思い出した。
「…それって女の人に失礼じゃねーのか」
「……女は別に仕方ねーだろ……オレがイヤなだけ」
しばらく押し問答があったけれど、花道はため息をついて諦めた。
「じゃ…じゃあ……行くぞ」
未だ興奮したままの花道自身をアナルにあてがうと、流川の体が強ばった。
これまで強がっていた流川は、さすがに恐怖を感じ始めた。どうしてこんなことを了解してしまったのか。痛そうに思える。背中に覆い被さられることも初めてで、流川はギュッと目を閉じた。
「あの…力抜いて…」
花道の控えめなお願いに、流川は応えることが出来なかった。
ここで「痛い」と言えば、すぐに止める約束だった。そうすればいいと思うのに、流川にはそれすらも出来なかった。
何とか力が抜けるような楽しいことを思い出そうとした。流川には花道のように大笑いするような趣味がない。最近吹き出したことは何だっただろうか。
オレの初めてをもらって。
花道の言葉を思い出して、流川は目を開けた。そんな可愛いお願いをされるとは思わなかった。ときどき花道は流川に甘えるような言い方をする。花道は人を騙すのがうまく、演技派だと思っているので、どこまで本気なのか流川にはわからない。ただ、流川はいつでも騙されてしまうのだ。
突然、流川の体がやわらかくなって、花道はゆっくりと体を進めた。
「ルカワ…」
背中にぺったりと張り付いて、初めてシャツが邪魔だと思った。半分ほど挿入したところで、花道は射精した。
花道は流川の肩を力強く抱きしめながら、もう一度名前を呼んだ。
2015. 5. 15 キリコ
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次回更新は、5月22日(金)です。やっとここまで来たなぁ^^
ルカワの誕生日から、花道の誕生日までひとっとびw