奇 跡
いったい何をしているのだろう。
それほど頻繁にしているわけではない。けれど、花道を受け入れるたびに流川は同じことを思う。だんだん慣れてきていて、力の抜き方や呼吸など、上手くなっている自分がまた怖く感じた。
7月のある日、花道は流川を射精させたあと、話しかけた。
「なぁルカワ…」
流川は呼吸を整えるのに忙しくて返事をしない。花道はいつもお構いなしに話し続ける。
「もし…他のチームに誘われたら…行く?」
「……ん」
それが肯定の返事なのか、それとも先ほどの余韻なのか、花道にはわからなかった。
「誘われるのは……まぁ天才のオレ様ならあるとして…もし、オメーが違うチームにアプライして雇われたとしたら、どーする?」
流川は自分の腕で顔を隠していた。これもいつものことだ。
しばらく待つと、流川がポツポツと返し始める。
「…テメーはなんでこんなときに話しかける」
何度も同じ会話をしていた。流川が話題をはぐらかしているのかわからなかったけれど、とりあえず文句から始まるのだ。
「終わったらさっさと部屋に帰るクセに」
少しふて腐れた花道の声を、流川は聞き流した。
こういうタイミングではなくても、食事も一緒のことが多いのだから、そういうときに話せば良いのに。
花道はピロートークをしたいのだろうか。
「行くに決まってンだろ…格下チームじゃなければ」
突然はっきりとした声を出した流川に、花道は強い意志を感じた。
これまで同じチームに所属していたけれど、いつまでいられるかはわからない。シーズン中でさえ、クビを切られる可能性もある。気の抜けない生活だった。オフシーズンでアルバイト生活中心の今も、次のリーグに絶対に出られる保証はない。
「…どこかに誘われたのか?」
「……いや…」
花道の答えは少し弱い気がしたけれど、流川はそれ以上聞かなかった。
「ルカワは…オレと同じチームじゃなくなって平気なのか?」
「…あたりまえだ…どあほう」
花道の想像より短い時間で返事が返ってきた。
これまで一緒にいられたことがものすごい偶然なのだろうか。日本人が二人も所属していること自体、珍しいのかもしれない。花道は流川のいないアメリカのチームというものがイメージ出来なかった。湘北に入ったときも、このチームのときも、そこに流川がいたから。
しばらく静かな時間が流れて、流川は話題を変えた。
「テメーは何してる…」
先ほど流川が呼吸を整えているときに、その感触はあった。花道は、流川自身にコンドームを装着していた。
「うん…ちょっと…」
「…ちょっとってナンだ、どあほう」
花道が着けていないので、今日はしないのかと想像する。けれど、自分に着ける理由が全くわからなかった。
「じっとしてろ」
花道が、足を伸ばして寝たままの流川の上に跨った。
今日は命令口調だ。流川は花道の動きをじっと見ていた。
ゆっくりと花道が腰を上げて、また下ろしてくる。まさか、と思う前に、痛みが走った。
「イタイ…」
「イッテーーーッ」
その声が重なって、流川は閉じていた目を開けた。
花道が何をしているのか、流川にもようやくわかった。
「桜木…イタイからヤメロ」
花道を受け入れているときには一度も「痛い」と言わなかった流川が、苦しそうな声を出した。
一方の花道も、あまりの辛さにすぐに逃げ出したかったけれど、すぐには動けなかった。
「こ、こんなにイテーもん…だったのか」
花道が体を離してから、もう一度流川に覆い被さった。重いけれど、痛いよりマシだった。
「テメー…ほぐしもしねーで…」
「ああ……そっか…」
花道自身、自分なりに学習して流川に挿入したのだ。そんなことも忘れていた。
「いったい何のつもりだ…どあほう」
未だに痛みを堪える様子の花道の肩に、流川は手を置いた。自分の顎に赤い髪を押しつけられて、体を動かすことが出来なかった。
「その……オメーのはじめてをもらっておいてやろー…って思って」
花道の言葉に、流川は驚いた。
「テメーは……はじめて、がスキだな」
「…えーと……別にはじめてじゃなきゃダメとか、そーいうンじゃなくて」
花道はうまく説明できなかった。流川の初めてを貴重に感じて、誰にも渡したくないと思ったと、うまく伝えることが出来なかった。ずっと以前、抱きたいと思う相手しか、と流川は話していた。今の自分はそんな流川の気持ちを踏みにじった気がした。それでも、行動を止められなかった。
「で、今日は何の日なんだ」
「…へ?」
「テメーは記念日もスキだろ? 今日はなんだ?」
流川の誕生日はまだ半年近く先だ。そういう日にこそ、花道はこういうことをしそうなのに。
実際、花道は流川の誕生日を考えていた。けれど、それはあまりにも遠い気がして、それまでに誰かに触れられてしまうかもしれないと焦った。
「七夕」
「…七夕? なんかあるのか?」
「別に……覚えやすい日だと思っただけだ。オメーの卒業日だからな」
花道の言うことを流川は表面的には理解したけれど、いろいろと飲み込めなかった。
そもそも卒業と言われても、ほんの先が入ったくらいで挿入した感じはなかった。
それでも、自分のはじめてを収集しているらしい花道に、それ以上言わなかった。
「テメーは体のコントロールがアマい…」
「……はぁ?」
「オレは自分の体は支配下にある。だから、テメーみたいに痛がったりしない」
流川の話がおかしてくて、花道は切なくなった。こんなことを言っているが、流川はよく辛そうにしている。それでもグッと我慢しているのがわかる。だから、花道は決して無理はしないつもりだし、ビデオにあるような激しい動きはしたことがない。一つになれて、じんわり射精するだけで十分だった。
「お、オレだってちゃんとコントロールしてるぞ!」
「……どこがだ」
「しょーがねーだろ…誰だってはじめはそんなモン…」
「…初心者か…」
流川の口からその単語を聞くのが久しぶりで、花道は笑った。
二人ともがすっかりいつもの状態になっていて、そんな空気じゃなくなってしまった。けれど、花道が流川にギュッとしがみつくと、流川が両腕を背中に回してゆっくりと撫でた。
花道は、流川の上に乗ったまま、しばらくじっとしていた。
2015. 5. 28 キリコ
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