奇 跡 

 

 花道は、まずはホテルにあるコンビニに入った。けれど、そこには何となく見覚えのある顔がいて、あちらも花道に気付いている。ここであの物品を買う勇気が持てず、花道は外へ出た。
「駅の方ならあるんだろーけど…」
 慣れない場所でキョロキョロと首を振った。駅の方にはまだ知り合いがたくさんいるかもしれない。近くのコンビニに入っても、また視線を感じるのだ。気のせいかもしれないけれど、あちらは花道を知っているのかもしれない。
 花道は少し離れたところまで走り、コンビニを探した。
「寝ちまうだろ…」
 もうほとんど眠っていたような気がする。その上、24時までそれほど時間はない。時差ぼけもある流川が起きているとは思えなかった。
 ようやく客の少ないコンビニを見つけて、花道は少し照れながら買い物をした。
 帰り道、ほんの少し花道は迷ってしまった。適当に探し回っていたため、元に戻る道がわからなくなった。それでも大通りまで出れば、ホテルまでまっすぐだったはずだ。
 遠目にホテルを確認したとき、花道は涙が滲んできた。
 花道は、ずっと前から流川が好きだった。はじめは気のせいだと思い込もうとした。キスをした人を好きになっていたら、アメリカでは大変なことになる。それでも、きっかけはあのキスで、それ以来流川を意識している自分に気が付いていた。男を好きになる自分はおかしいと、誰もいいから女性と付き合おうとしたけれど、結局全くその気にならず、「ホモなのか…」とずいぶん落ち込んだものだ。
 どれほど熱心に流川に触れても、流川は最小限だった。その中でも一つ一つは丁寧だったと思う。それでも、抱き合っているという感じはなかった。オナニーの延長と言いつつも、花道がしたことをすべて受け入れていた。それだけで満足と最初は思っていたのに、だんだん強くなる独占欲に戸惑ってしまう。流川のきっぱりした声も、冷たく聞こえることもあった。
 恋愛とは、もっとふわふわした温かい気持ちだと思っていたのに。
 何度もこれは恋ではないと思いたかったけれど、どうしても気持ちは誤魔化せなかった。
 花道は目尻を拭いながら、エレベーターに乗り込んだ。
 流川は花道が出ていったときの体勢のままだった。
「やっぱ寝てる…」
 少し残念にも思うけれど、流川のそばにいられる自分を幸せだと感じた。

 花道が出ている間、流川は一度目覚めた。少し頭を起こしてみても、部屋の中はシンとしたままで、さっきの花道は自分の夢なのかとため息をついた。
「ちゃんと言えばヨカッタ…」
 こんなにも望んでいるのなら、はっきりと声をかければ良かった。心から悔いた。何度も言うチャンスはあったはずなのに。
 それとも、花道は買い物に出て、まだ戻っていないだけなのだろうか。
 しばらく必死で起きていたけれど、結局誰も訪れず、流川は目を閉じた。
「カギ…」
 そういえばチェーンもしなかったけれど、花道がこの部屋のカギを持っているはずはないのだ。やはり自分の妄想だったのか。
 流川は再びため息をついた。

 流川は何度目かわからないけれど、また目が覚めた。何度起きてもまだ夜で、よほどこのホテルが落ち着かないのかと自分でおかしくなった。どこでも眠れるはずの自分らしくないと思う。
 いま目覚めたのは首の違和感だった。時計を見ようと左側に顔を向けると、大きな手のひらが見えた。一瞬ギョッとして、自分の手がふとんの中にあることを確かめる。時刻は1時を過ぎていた。
 反対側に顔を向けると、花道の横顔が見えた。天井の方を向いてグッスリ眠っているようだ。
「また妄想か…」
 そう思ったけれど、何度瞬きしても花道は消えなかった。首の下の腕は熱いくらいだった。流川は上半身を起こし、ベッドに座ってみた。自分はちゃんと起きている。振り返ると、やはり花道がいた。ふとんがおへそあたりまで捲れて、素っ裸の花道が丸見えになっていた。
「桜木…?」
 小さな声で呼んでみても、花道は無反応だった。
 ゆっくりと上体を倒し、花道に顔を近づけた。花道の肩に指で触れて、静かに撫でてみる。それでも花道は目を開けなかった。
 流川は花道に触れるだけのキスをした。
 次の瞬間、流川は勢い良く押し倒された。
「イテッ」
 驚いたことと、枕に頭をぶつけたことと、そして両手首を捕まれて、流川はギュッと目を閉じた。
 状況を確認しようと目を開けると、自分に覆い被さる花道がいた。上からじっと見つめている。ああ寝たフリだったんだなとわかるくらい、はっきりした視線だった。
「んもーーーっ! やっと起きたな、このヤロウ」
「……は?」
「買ってこいっつったのに、戻ったらグーグー寝てやがるし」
 流川は納得がいった。夢ではなかったのか。
 本物の花道なのだ。
 笑顔を向けられているわけでもないのに、流川の胸が突然苦しくなり、ギュウと音を立てた。じわじわと瞼が熱くなってくる。
 ああこれか。
 流川は慌てて目を閉じて、捕まれた手首をふりほどいた。勝手に流れてくるものを花道に見られたくはなくて、腕で顔を隠した。
「…ルカワ?」
 ずっと目を見開いていた流川がだんだん眉を寄せ始め、最後には俯いてギュッと目を閉じた。どこか痛くしただろうかと声をかけようとしたら、流川が花道を抱き寄せた。流川が首を起こして、花道の肩に瞼を当てている。花道の頬が濡れたのは気のせいなのだろうか。
「あの……ルカワ…?」
 気の利いたセリフは何も言えなかった。花道は流川の後頭部の手のひらを当てて、同じように力強く抱きしめた。 

 

2015. 6. 5 キリコ
  
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次回更新は、6月12日(金)です。

この胸キュンルカワを書きたくて書きたくてw
やっとここまで来たーーーーーっ
まだもうしばらく続きます。