奇 跡
流川が離れる気配がして、花道は自分の腕を少し緩めた。枕に頭を沈めた流川の表情は、いつも通りの彼だった。きつくも優しくもない瞳でまっすぐに花道を見ているのがわかった。
「まぁ…ルカワが泣くとは思えねーし…」
口の中で花道が呟いたとき、流川が声を出した。
「テメーは…なんでここにいる」
「…なんでって…」
流川の質問の意図が読めず、花道なりに答える。これが自分たちらしいと思って。
「どーもお持ち帰りにシッパイしたらしいオメーがカワイソウだから」
高校生の頃のような口調で花道は明るく言った。すぐに流川の眉が寄って、不満そうな空気が伝わった。
「…そーいう意味じゃねぇ…」
流川の反応も少しずれていると花道は思う。もしかしたら、はぐらかしているのかもしれない。
本当に流川が一緒にいたかった相手は存在するのだろうか。自分だといいなと思ってはいる。けれど、それほど自信を持つことはできなかった。
それ以上の会話を諦めたのか、流川はまた花道の首に両腕を絡めた。積極的にキスをされて、花道の方が戸惑った。自分で妥協しておくということなのか。それとも。
「まーいっか…」
本当は放置しておける疑問でもないけれど、流川とこうして過ごせるだけでものすごく気持ちが高ぶる。これまでかなり受け身の様子だったのに、ときどき花道の背中を指が滑ったり、二の腕を掴んだりする。ほんの少し他の誰かを思い浮かべて、花道は慌てて首を振った。今このときに、流川の「3人」を考えたくはなかった。
改めて流川を見下ろすと、見慣れない光景に興奮した。一緒に住んでいた家以外では、キス以上のことをしたことはなかった。けれど、今はおしゃれなホテルにふかふかの枕やベッドで、流川は浴衣なのだ。乳首を刺激しようとすると、Tシャツやトレーナーの下から指を差し入れていた。けれど、浴衣だと左右に開くことができる。ただそれだけのことにも、とても興奮した。
花道が下の方へ体を滑らせても、流川の指は花道のどこかに触れていた。何度か顔を確かめたけれど、ほとんどのタイミングで花道を見ていた。いつも薄暗くてわからなかったけれど、顎を天井に向けて目を閉じている印象が多かったのに。
流川は浴衣一枚だけで、下着は着けていなかった。
「そーいえば寝るときはラフだったな…」
流川も興奮していることにホッとする。すぐに以前のようにフェラチオをしながら指でゼリーをアナルに撫でつけた。久しぶりなのかと感じるくらい流川の中がきつく、流川の相手が男ではないらしいことに少し安心した。
ほどなく流川が射精して、胸の上に手を当てながら呼吸を整え始めた。その間に花道は自分の準備をする。そろそろ良いかと思ったときに花道が流川の膝に手を当てると、流川はすぐにうつ伏せになっていた。今日もその流れのつもりだった。
花道は覚えのある合図をした後も動かない流川に戸惑った。
「あれ…」
もしかして寝てしまったのかと少し近づいて確認すると、流川の目は薄目ながらも瞬きをしている。花道の方を見ているのもわかった。
少し時間をおいてから、花道はもう片方の膝にも手を置いた。それでも流川は動かなかった。
「もしかして…」
花道の頬は熱くなった。
それぞれの膝を少し流川の胸の方へ傾ける。流川が絶対に嫌だといっていたカエルのようなポーズだ。そうしても、流川はじっと花道を見つめているだけで何も言わなかった。
花道が自分自身をアナルに当てたとき、流川の体が強ばった。それでも、流川は逃げなかった。
かけ声をかけるのもおかしい気がして、花道はゆっくりと流川の中に進んだ。抵抗が強く、押し進めるたびに、目の前の流川の顔が歪んだ。それでも目を開けると花道をじっと見つめる。こういう時間にこれほど視線を合わせるのは初めてだった。
これまでもこんな痛そうな顔をしていたのだろうか。それとも久しぶりだからだろうか。花道を受け入れているときに一度も痛いと言わなかった流川だけれど、こんなにも我慢させていたのだろうか。花道の思っていた以上に流川に受け入れられていた気がして、瞼が熱くなってくる。今も、花道が進むタイミングに合わせて呼吸をして、下腹部に手のひらを当てている。そういえば体のコントロールといっていたことがあったけれど、こういうことだったのかと今更納得した。
花道は半分も進まないうちに動きを止めた。いろいろ思い出すと懐かしく感じる。今の流川もとても愛しいと思う。体は興奮しているのに、胸は初恋のようにドキドキして、流川の顔から目が離せなかった。
流川が花道を見つめたまま、両腕を花道の腕に滑らせた。初めて見るしぐさに花道はドキッとした。そのまま花道の肩へ向かい、ほんの少し花道を引き寄せた。
「桜木…」
小さな声で呼ばれて、花道はギュッと目を閉じた。すぐに射精してしまったことも、気恥ずかしく感じた。
「ちょっ…と…タンマ…」
自分でもおかしなことを言っていると焦る。流川の手のひらから離れるのは名残惜しいけれど、花道は一度体を起こし、コンドームを着け直した。
流川は足は下ろしたものの、そのままの体勢で花道を見ていた。
もう一度同じ体位で挿入しようとしても、流川は動かなかった。
先ほどよりもう少し進めながら、花道は体を前へ傾けた。そうすれば薄暗い中でももっと流川の表情が見える。ゆっくりと流川の腕が花道の背中に回って、撫でるように動いている。花道がこの体位が好きだと流川は知っているのかもしれない。一緒にアダルトビデオも観てきたのだ。そんな会話もしたような記憶もある。
至近距離で見つめ合いながら、また名前を呼ばれて興奮する。流川に首を引かれてキスされたとき、また花道は射精した。流川とこうしているときにキスするのは初めてなのだ。たくさんの初めてに触れて、自分でも驚くほどの性欲に花道は戸惑った。興奮が収まらないことがあるのだと、身を持って知った。
「シャワーいこう」
照れ隠しにそんなことを言った。流川の腕を引いて立ち上がらせる。抱っこしたい気持ちもあったけれど、部屋の中でぶつかりそうで躊躇った。裸足のまま風呂場に向かう。洗面所もトイレもお風呂も独立したその部屋は、まるで一般家庭の湯船のような作りだった。
湯船の縁に流川を座らせて、花道は流川の体を洗い始めた。こういうことも初めてだけれど、流川は嫌がっているようには見えなかった。
花道が自分の体を洗い流しているとき、流川の右手が花道の腰を引いた。シャワーが流川の顔に当たっても怒る様子も見せず、そのまま花道の胸元に顔を近づける。花道が驚きの声をあげる間もなく、温かい快感がおとずれた。
流川が左手で乳首を刺激しながら、反対側の乳首を舌で転がしている。
その光景に、花道はグッと興奮した。それなのに、また泣きそうになった。
抱きたいと思う相手にしかしない。流川はそう言っていたのだ。その流川が、と思うと、花道はギュッと目を閉じることしかできなかった。
そのまま体をかがめた流川が、花道にフェラチオをする。ほんの少しされただけで、花道は流川を立ち上がらせた。
その意味が伝わったのか、流川は体を反転して壁に両手をついた。花道が自身を流川に進めても、じっとしている。花道の興奮は強かったけれど、流川も実はそうなのだろうか。そう思うだけですぐに射精してしまった。流川の中に直接放つのは、これまでなかったことだった。
孕めばいいのに。
初めてそんな言葉を思いついた自分に花道は驚いた。