無 題
その夜、花道は一睡も出来なかった。
振られたのだと理解している。
それなのに嬉しさと戸惑いが混ぜ合わさり、流川との短い時間を何度も思い返した。
「うれしーわけねーだろ」
振られて嬉しかったことなどない。あるはずがなかった。
「なに真剣に返事してやがんだ…バカじゃねーの」
こちらは本当は大嫌いで、エイプリルフールにからかっただけなのに。
花道は一晩中ふとんの中で転がった。悪態をつこうとしては失敗して、頬や耳が熱くなる。
少しぼんやりしたまま練習に向かう。その道中、花道は夕べ気づかなかったことに思い至った。
「あのヤロウ…いつもあんな返事してンのかな…」
モテる男らしいから、たくさん告白されているだろう。そんな場面に出くわしたことはないので、実際の流川がどうしているかわからない。花道の知る限り、もっと辛辣な対応をしていそうだけれど。
「じゃあ…オレだけ…?」
自分にだけ丁寧に返事をしてくれたのか。流川が自分に奢ってくれたのだ。これはすごいことではないだろうか。たとえ100円のコロッケでも。
学ランのポケットにはまだコロッケの袋があった。目の前で放り投げると呆れられてしまう気がして、とっさにしまったのだと思う。別に今更どう思われようといい相手のはずなのに。
「あああああもう!わけわかんねーことしやがって…」
何度思い返してみても、昨日の流川は、いやそれよりも4月1日から知らない相手のように感じる。実は全部花道の夢なのかもしれない。その方がなぜか納得いくのだ。
知り合って一年。そんな一面もあるのだ、と自分に言い聞かせた。
練習前も自主練中も相変わらず会話はなかった。こういうときの流川はいつも通りで、花道はなぜかホッとした。それでも心の中の片隅では、別人の流川が登場しないだろうかと期待もしていた。けれど、流川は普段と変わらず、決まった時間に体育館を後にした。
「また部室で…」
待ってたりしないだろうか。昨日のように。
おそらくない。
流川の用事は昨日終わったのだ。
そう思うと、ここ数日の特別な空気も終了ということになる。
「べつに…」
それでいい、と思うのに、花道はフラフラとした足取りで部室に向かった。
部室では、いかにももう帰るところという流川がいた。入口に立った花道を一度見たけれど、すぐに視線を戻した。かばんを持ち上げようとするところで、花道は何とか声をかけた。
「あの…ルカワ」
流川が素早く花道と目を合わせたことに驚いて、花道はすぐに言葉を続けられなかった。
「ちょっと…聞きてーんだけど…」
「…なんだ」
流川はかばんから手を放して、体ごと花道の方を向いた。それだけで花道の心拍が上がった。
「お…オメーよ…モテるだろ?」
「……は?」
「えーっと…たくさん告白とかされて…」
話の内容は理解したらしい流川だけれど、まだ首を傾げたままだ。花道はじっと流川を観察した。
「その…いっつもあんな返事の仕方なのか?」
「…返事?」
「オメー…付き合ってください…とか言われるだろ?」
「ああ…そういう意味…」
ようやく流川の首がまっすぐになり、花道は流川の口元をじっと見つめた。イエスかノーならば、ノーと答えて欲しいと思った。
「返事とか…しねー」
「…は?」
「手紙は読んでねー…呼び出しは行かねー」
「…あの…じゃあ、直接言われたら?」
「…あんまねーけど…すぐ断るんじゃねーの」
「美人でも?」
「…関係ねー」
誰とも付き合うつもりはないのだ。
花道だけではない。
まあ自分は男なので、断られることに不思議はなかった。
「そ、そっか…」
花道は自分の心拍が跳ねたままなことを自覚しながら部室を後にした。
やっぱり自分は振られたのだ。再確認できた。
けれど、ここまで丁寧な対応をしてもらったのは自分だけかもしれない。
そう思うと、頬が熱くなった。
一方、いろいろ「終わった」と思っていた流川も、花道に問われて改めて考えた。
確かに、いつもの自分と違うようだ。
花道の土下座に対し、ちゃんと願いをかなえた。遠くまで一緒にいって、花道の頭を撫で続けた。今思い出すと、驚いて思わず自転車を止めるくらいのことだった。
花道だけではなく、誰とも付き合うつもりはない。まして花道は男なのだ。
それにしては、ずいぶん丁寧に振ったものだと自分でも思う。
誰かに何かを奢ったことはほとんどない。その前には、花道の自主練が終わるのをじっと待っていたのだ。花道が止めるまで自分も練習していても良かったけれど、体力をつけるために安西と練習時間を計算し始めたのだ。体力バカの花道と同じようにするよりも、効率よく練習することを選んだ。このことは花道には話していない。
「関係ねーから」
そう思う。そう思っているけれど、機会があれば説明するかもしれない。
なぜ花道に対してこんな風に思うのか。思えば、エイプリルフールからだ。たぶん。
「土下座なんかするから」
流川は苦笑しながら目を閉じた。
結局、自分がなぜこんな対応をしたのかわからなかった。
きちんと目を見て告白されたのだ。それが全く嬉しくない相手だったけれど、同じように返すのが礼儀だと流川は本能で感じたのだ。
理屈ではなく、やはり花道は本気だったと流川は思う。そうでなければ、無意識にこんなに自分は動いたりしない。
家について自転車を止めながら、改めてこの話は「終わった」と感じ、流川は深呼吸した。
カメの更新ですが、ゆっくりゆっくり書いていきたいと思っています。
ゆっくりすぎるといろいろ忘れ過ぎました…
次回は5月21日更新目指してます
ダメだったら6月1日です…