無 題 

 

 
                              

 花道は、エイプリルフールから一週間もしない内に、流川の練習パターンを把握した。
 最初の質問はそのことについてだった。なぜ居残り練習しないのか。
「安西先生の指示」
 流川は簡単にそう答えたけれど、自分の体力とこれから付けたい体力のため、練習時間を減らしたのだ。流川はなかなか納得できなかった。たくさんボールに触れていたいし、練習時間が長ければ長いほど体力が付きそうな気がするからだ。けれど、安西は新しい研究や持論なども含めて説明した。そんなやりとりまでは、流川は説明する気にならなかった。体力バカの花道には。
「へぇ…」
 少し目を丸くしながら、花道はまた自主練習に戻って行った。
 花道は毎日夜遅くまで練習している。それがまた流川の気に障った。
 その質問をした日を境に、花道は流川の早上がりの日に話しかけるようになった。

 いつ頃身長が伸びたのか、休みの日は何をしているのか、好きな食べ物は、得意な科目は、など。
 毎回一つずつ質問される。流川が片づけをし、着替えていると花道が部室にやってくる。すぐそばでタオルを取りながら、流川と目を合わせないまま問うのだ。
「また来た…」
 流川はそう思いながらも、ちゃんと答えていた。
 この時間はこんな風に話しかけてくるけれど、それ以外の時間は以前の花道のままだった。けんか腰だし、実際に手も足も出る。周囲には相変わらず犬猿の仲と思われているだろう。
 花道が単純に歩み寄ろうとしているのか、それとも好きな相手のことを知りたいという気持ちからしていることなのか、流川にはわからない。けれど、特に不快なことでもないので、相手をしていた。
 まるで雑誌のインタビューかと苦笑したこともあったけれど、
「よくまあいろいろ聞くことがあるもんだ」
 流川が短く答えたら、花道はそれほど反応も見せないまま「休憩終わり」とだけ言って体育館へ戻っていくのだ。
 その背中を見て、あの体力だけは心底羨ましいと思った。

 エイプリルフールから一ヶ月ほど経ったある日、流川は最近の自分を振り返った。
 気が付けば、花道のことばかり考えているのだ。
 目新しいことがそれ以外にないからか。そう自分で分析してみても、いまひとつ納得できない。
 花道を意識しているのは確かだ。けれど、恋愛感情ではない。友人でもない。
「わけわかんねーな…」
 面倒なことは嫌いだけれど、花道に関してはそれほどそう感じない。自分でも不思議なほど花道に歩み寄っている。一か月前は単なるチームメイトだったのに。
 自分のことを好きだと言った花道は、今でもその気持ちに変わりはないのだろうか。尋ねたりはしないけれど、変化があったようには思えない。はっきりと断った上での話なのだ。花道が何を考えているのかわからないし、自分でも自分の気持ちがわからなくなっている気がする。
 花道に想われていることが不快ではない。
 どうやらそういうことらしい。自分でちゃんと結論を出した自分を流川は褒めた。
 花道を意識しているとはいっても、自分から近づくことはないだろうと思う。そのきっかけもないし、必要もないのだ。
「今更仲良しなんかならねーし」
 自分がそんな単語を使ったことにも驚いた。

 それから数日後、もうすぐ県大会が始まる頃だった。
 流川の練習時間が短めの日に、花道はまた部室にやってきた。今日は何を聞くつもりだろうと流川は笑いながら待っている。答えたくないことは無視するだけだし、きっと止めろと言われて花道は止める気がした。
 その夜の質問は、なかなか花道の口から出てこなかった。
 いつもお互いがロッカーに向かっているのに、思わず流川は顔を花道に向けた。
「お、お、オメーよ…」
 さっきからそればっかりだった。それからまだ2回ほど繰り返して、ようやく質問に至った。
「オメー…キ…ス…とか、したことある?」
 流川は一瞬眉を寄せて天井を見上げた。「キ」と「ス」の間がかなり時間があり、また聞き取りにくい小さな声になったからだ。
「ん?」
 首を傾げた流川に、花道は目に見えて動揺した。そんな反応は初めてで、流川は花道の方を向いた。
「桜木?」
 自分としてはまだ何も答えていないつもりだった。けれど、花道はもう青い顔をしている。驚いたせいか、持っていたタオルを力強く握りしめている。両目を見開きながら、ゆっくりと流川の方を向いた。
「そ、そっか…まぁオメーもおとこだもんな」
 よくわからない納得の仕方で、花道はその場を立ち去ろうとしていた。いつものように「休憩終わり」とは言わなかった。
「桜木」
 その背中に呼びかけたけれど、花道は振り返らなかった。

 次の日は、流川は居残る日だった。花道も同じように練習しているけれど、流川から目をそらしたままだ。いつも通りの光景のようでいて、流川には花道が頑なに流川を視界に入れないようにしているように見える。
 こういうときの休憩は二人とも部室には行かないことが多い。その日もそうだった。
 先に水場に出ている花道に、流川は声をかけた。
 
 

 

2017. 6. 1 キリコ
  
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ものすごく妙なところで止まってしまいました…
次回は7月1日の予定です〜